2011年4月23日 (土)

昔懐かしQueenにBowie

近頃は30代の人達と仕事をする事が多くなった。
いつも知らないこと事を教えて貰って、
「おおきに、有り難う」と、
感謝する事が続くのも嬉しい。

何でもない話の中で、
「あんな、うち、Queen のファンクラブに入っててん。コンサートにも行ったし」と言うと、
「本当ですか?!」と、そこにいた30代の男女が意外な顔をした。

私は1958年(昭和33年)生まれ。
中高時代は1960年代の音楽色を引きずりながら、1970年代のアメリカやイギリスの洋楽がラジオからガンガン流れていた。
当時は、月刊音楽雑誌の〝MUSIC LIFE〟を回し読みし、同じ学年の友達同士でLPを貸し借りした。

「騒がしいのから綺麗なメロディのものまで、たんと聴いたなぁ」
ずっとクリアファイルに挟んで下敷き代わりに使っていたのは、〝MUSIC LIFE〟に掲載されていたのを切り取ったDavid Bowieの写真だった。

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2011年2月19日 (土)

大阪弁:「殺生(せっしょ)」

耳に残っている大阪弁で、ふと、「そないいうたら、ほんま、聞かんよになってしもた」という言葉はいくつもある。

何気ない日常の中で、本当に〝ふと〟思い出す懐かしい大阪弁。
今日は、『殺生(せっしょ)』という言葉が浮んできた。

「そないセッショな事、言わんといてぇな」
「あんた、それは、なんぼなんでも、セッショや」
40年程前、『セッショ』という言葉は、まだまだ生活の中で使われていた。

漢字で書くと『殺生』だが、大阪弁では「セッショ」と発音する。
意味は、「ひどすぎる」や「無茶苦茶だ」というもので、相手に抗議をするときに使っていた。

それに祖母の場合は、新聞に載っている事件や事故などの記事を見ては、
「これ見てみ。こんなセッショな話、ないで」
と、ねき(=傍:そば)に座る私に紙面を見せたりもした。
この場合のセッショは、「本当に気の毒な」の意味があり、深い悲しみと憤りが込められていた。

今は、テレビで時々、関西の落語家の人達が使うのを聞くことはあっても、「うちの周りでは、トント(=全然)、聞けへんなぁ~」と、言葉の変化を思い返している。

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2010年11月15日 (月)

こないだ(この間)、ラジオ大阪生出演

こないだ(=この間)、ラジオ番組に出演させて貰いました。

その時の話を、村上紙器工業さんの下記HP
http://www.hakoya.biz/blog/information/item_655.html

作者の皆さんの感想「文創りのエチュード」〜貼箱×放送作家〜

この画面をずーっと下がってもろて、一番下に音声ファイルがあります。

『11/10(水)、ラジオ大阪 『出発進行!うめじゅんです』 生放送番組に松尾成美さんがゲスト出演され、「大阪弁や、文章教室、今回のコラボ企画」の話しをされました。

< 音声のみは、こちらからお聞きいただけます。>』

と書いて下さったように、ラジオで話した内容を載せて下さっています。

「ほっこりするよな大阪弁の話も、聞いてもらえたら嬉しのやけれど」
そない思てます。

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2010年6月11日 (金)

大阪弁:つるつる(うどん)

大阪弁の「つるつる」と言えば、「うどん」の事。
だがいつまでも「つるつる」と使っていない。
「つるつる」は、小さな頃に使う小児語だ。

娘達が2,3歳の時分は、「つるつる」の『つ』の音が発音し難かったようで、「ちゅるちゅる」と言っていた。
それがいつの頃からか、「ちゅるちゅる」に麺類の「めん」が付いて、我が家だけで通じる造語「めんめんちゅるちゅる」が使われるようになった。
語呂も良く、この言葉は最初からあったかのように違和感がなかった。

25歳の長女も22歳の次女も、普段は「おうどん」や「うどん」と言っている。
それでも、「お昼、めんめんちゅるちゅるでええか?」と問うと、「それ、余所では言えへんで」などと反論せずに、「うん、めんめんちゅるちゅる」と返してくる。
特に驚かないが、台所に立ってうどん玉を鍋に入れる頃になって、「めんめんちゅるちゅるやて。あの子ぉら幾つやねんな。フフフ」と笑いがこみあげてくる。

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2010年2月 1日 (月)

右に倣えの言葉遣い

どなしても気になる言葉がある。
使われると、「この言葉以外に、使える言葉もあるやろに」と引っ掛かる。

例えば、この3つ。
・読み解く
・認識する
・延びしろ

『読み解く』は、テレビで細木数子が出てくると、そこに流れるナレーションでは必ずと言っていいくらい一度は使っていた。

『認識する』は相当使われている。謝罪会見でも政治家の言葉にも、しょっちゅう出てくる。
しかし、この言葉を使うと喋る本人とは距離感が生じて、どこか遠い所で起こった出来言か他人の事について語っているように感じる。

『延びしろ』は最近、特に目立って使われ始めた。スポーツ選手の今後の成長予想をするときになどに、「まだまだ延びしろはありますからね」と解説者などが使う。

誰かが使うと、皆、右に倣えのように同じ言葉を使う。
自分の言葉で喋るということが抜け落ちている。
そこが「あんさん、そないゆうてたらええと思てなはんのやろ」と鼻につき、「センスないなぁ。コメントするなら、言葉を増やすとか、どないぞしょうと思わんか」と、テレビの向こうの見知らぬ人に言っている。

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2009年11月24日 (火)

請けおぉた事(請け合った事)

どんな時も、『うちの仕事は原稿を渡すまでや』と思っている。

かつて、ラジオドラマでかなりの人数のライターと仕事をしてきたディレクターから、「君は一度も僕の演出に文句を言わないけれど、なぜ?」と問われた事があった。
「書くのがうちの仕事で、渡した原稿を、それから後、どない弄ってもろても、それは演出をするお方のもんやと思てまっさいかい」と答えた。
このディレクターは私よりも一回り以上年上で、大阪弁をよく判っている人物だったので、言葉もすんなりそのままで話せ、真意もスムーズに伝える事ができた。

舞台の場合は、演技者・脚本家・演出家・舞台装置家・大道具さん・小道具さん・音響さん・照明さん・舞台監督さん<通称:舞監さん(ぶかんさん)>らが、夫々、プロ意識を持って、磨いてきたセンスや実力を発揮できるかが、「うまい事いくかどうかの分かれ目かもしれへん」と感じる。
そして、媒体の違いはあるが、「うちが思てるプロ意識は、請けおぉた事(請け合った事)を、どこまで職人になってやり通せるかと言うことやわな」と、考えるこの頃だ。

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2009年10月20日 (火)

大阪弁での打ち合わせ

舞台美術家の竹内志朗先生には、ポッドキャストで私と二人の大阪弁のお喋りを配信して、お世話になっていた。

ちなみに、ポッドキャスト:『トリビアな大阪弁』
番組アドレス:http://portal.podcastjuice.jp/dirretrieval/feed_detail.cgi?categoryid=15&blog_id=12449&slisttart=0
番組内容:はんなり、まったりした大阪弁のあれこれ話。大阪市内の真ん中で生まれ育った舞台美術家・竹内志朗氏と、親子ほど年の離れた私・松尾が繰り広げる大阪弁ぶっちゃけ放談。文字では表せない大阪弁の微妙な抑揚、音の強弱、言葉のニュアンスを、直にお届けする。

登録者数は24830人を越えた。

その竹内先生が舞台美術を担当。私は脚本を書かせて貰ったのが下記公演だ。

”森千紗花ワールド”
【一部】
  「灰の中から3億円」 
     作: 松尾成美 演出: 吉村正人 美術: 竹内志朗
     出演者:
     森 千紗花、大竹修造、前田写楽、河西秀樹、三好 香、辻本佳史 他

日時: 11月22日(日) 昼の部13:30~ 夜の部17:30~ (開場は開演の30分前)
会場: ワッハホール
料金: 前売券 4,000円 当日券 4,500円

Pコード予約 397-907 チケットぴあ TEL 0570-02-9999

主催: ㈱ギャグナーインターナショナル 森千紗花後援会 
お問い合わせ: ㈱ギャグナーインターナショナル 06-6773-3441

竹内先生と原稿を前にしての打ち合わせの席では、「先生、ここでワチャワチャが入って」と示せば、「ここで入れるねんな」と確認しながら話は続く。
ポッドキャストで喋っている通りの言葉で打ち合わせが終わった頃に、「先生、ワチャワチャも今のお人では意味わかれへんかもしれませんわ」と苦笑いする事が多い。

※わちゃわちゃ:大勢がめいめい口々に喋るさま。<『大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫より>

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2009年9月 3日 (木)

喧嘩場面で使う大阪弁

うちの喋る大阪弁は、関東のお人には、京都弁のように聞こえるようで、
「京都から?」
と、よぉ問われます。

『京都弁は、大阪弁より優しいと思てなはんのやろな』
問われる度に、そない思います。

けど、京都の人かて、怒るときはきつおまっせ。
芝居で、舞台設定が大阪やその近郊の時、喧嘩の場面では、大抵、河内弁のような言葉を使います。
そないなったら、船場言葉も京都弁もあらしまへん。
「おんどりゃ~、なにぬかしとんじゃぁ!!」
一発、こない言うてから、
「あ~ん? う~ん?」
と、顎を突き出すような風情になる言葉というのか、音がつきますねん。

喧嘩になったら、どこでも「いてこましたろか」とハッタリをかますような言葉になるもんですわ。
それもそれで、「おもろいなぁ」と思てます。

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2009年8月15日 (土)

夢で会いましょう♪

おもろい夢やけったいな夢を、時々みる。
かつては、金色に輝く仏像が、濁流を「バラモン~、バラモン~」と言いながら流れていく夢もみた。
CIAのスパイになって、網タイツを履いたアントニオ・バンデュラスを相手に一戦交える所で目が覚めたこともあった。

お盆の時期を意識しているわけでもなかったのだが、3日前の明け方、40数年も前に亡くなったコリー犬の“エス”が夢に現れた。
エスは今まで飼っていた犬の中で、最も愛した犬だった。
白と茶の混じった毛は長く柔らかで、性格は母性の塊のような犬だった。
小学校の低学年だった私は、エスにもたれてテレビを見、エスのおっぱいをよく弄ったものだ。

そのエスの足音が夢の中で聞こえ、次第に近づいてくる。
「あっ、エスや」
気付くと、エスの背中を撫でいている自分がいて、「ここの毛は相変わらず柔らかいなぁ」と言い、後ろ足の毛を触って、「そうそう、ここの毛はちょっと固いねん」と呟いたら目が覚めた。

蒲団の中で、「夢で会いましょう~♪やな」と笑ってしまった。

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2009年7月 5日 (日)

とと様の名ぁとかか様の名ぁ

もう46年前も前の話だ。
1963年(昭和38年)に起こった吉展(よしのぶ)ちゃん事件から、「誘拐も他人事(ひとごと)やない」と祖母は思ったようで、「これ、忘れたらあかんで」と、氏名・住所・父母の名前・電話番号を、5歳の私に繰り返し教えた。
「外でなんぞあったら、覚えたこと、ちゃぁんと誰ぞに言うのやで」と、迷子や誘拐を想定して注意も受けた。

そんな時、必ず出てくるのが人形浄瑠璃の「傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)」の台詞、「あーいー、とと様の名はあわのじゅうろべぇー、かか様の名はおゆみともうしますぅー」だった。
「なっ、あの話でも、そないゆうて、お父ちゃんの名ぁ、お母ちゃんの名ぁをゆうのやさかい、成美かてでけるやろ」と言った。
「うん」と頷いた。
「ほな、覚えたかどうか、一遍、ここでゆうてみ」と祖母が言うので、
「あい、あ~いー、とと様の名はたけお、はは様の名はたえこともうしますぅ~」と調子よく謡うと、側にいた祖父は吹き出した。
祖母は正座の膝も崩さず、真顔で、「所(ところ:住所)からゆうてみ」とやり直しを命じた。
今度は節も付けず、ちゃんと、きちんと言った。
「よろし」と祖母は安堵した表情になった。

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