2009年11月10日 (火)

かかりつけのせんせ(先生)

新型インフルエンザが流行っている。
かかりつけの医師がいればいいが、なければ診て貰う所を探す人も多いだろう。

ひどい蕁麻疹が小学校の低学年頃までしばしば出ていた私は、かかりつけの内科・小児科のせんせ(=先生:医師)がいた。

昭和33年(1958年)生まれの私が、5才前後の頃のお話だ。
その先生の前にチョコンと座ると、先生は、「今日はどないしたんや?」と問いかけた。

先生は町内で“へんこつ(=偏屈)”で通っており、診察室に入るなり(=入った途端)患者が「先生、風邪ひいてしもて」と言うと、「ほぉ、自分で風邪と診断できるなら、医者はいらんな」と返す先生だった。
皆は「難しお人や」と陰で言っていたが、私は“なんとのぉ好きなせんせ(=何となく好きな先生)”だった。

「どないしたんや?」と問われると、「ポンポン痛い(=お腹が痛い)」と答えて、「ほな一遍診よか」と言いながら、腹部の触診が始まった。
大便の状態を答える時も、この頃は「びっちんやった(=下痢だった)」と言っていた。

やがて、『ポンポン』は『おなか』と言うようになり、『びっちん』は『お腹通した』とか『お腹下した』になり、高校生の頃には『下痢』と言うようになっていた。

いつを境に幼児語が抜けていったのか、自分でも定かでない。
年齢がいくに従って、言葉の数も言葉遣いも変わっていった。

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2009年11月 5日 (木)

大阪弁:「キチキチ」

冬物の洋服を出して、その内の何枚かを着てみた。
「まぁ何とかいけるわ」
去年着ていた服とサイズが変らず、ホッとした。

大方の服は、更衣の時に整理し、「良かったら、使てくれる?」と着てもらえそうな人に渡してきた。
だが、「キチキチになってしもたけど、この服、好きやさかい」と、毎年着られないままに、1年2年3年と時だけ経ってしまう洋服もある。
「着たいんやったら、痩せなあかんわなぁ~」
同じ言葉を、今年で4年間言っている。
自分で言っておいて「あかんわなぁ~」と伸びる独り言に、『本気で思てないの丸わかりや』と思う。

さて、『キチキチ』は大阪弁で目一杯の状態を指す言葉だ。
今の大阪の子は「この服、きっつい、きっつい」と言ったり、「この服、パンパン」と言う表現も使っている。

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2009年11月 3日 (火)

100年ほど前の言葉を話す女

話す言葉のせいもあって、70代半ば以上の男性からよぉ(=しばしば)、「あんたと喋ってたら、うちの母親と喋ってるみたいで……あんた、まだ若いわな?」と言われる。
『そら、お宅さんよりわこ(=若い)おますがな』と、時には吹き出しそうになりながら、「へぇ、丁度、○○さんとこのお子さんと、よぉ似たもんの年齢とちがいますやろか。うち、今年で51です」
「えっ、ほなら(=それなら)、あんたうちの娘と同い年や。はぁ~、そうかいなぁ」

こんな事を言う男性の育った環境は、大阪市内で商売をしていたお宅の出の人が多い。
女性では、滅多にないので、「男の人は、いくつになってもお母ちゃんが恋しんや」と思っている。

70代半ばの人の母親の年齢となると、100歳前後になる。
「うちの話す言葉は、100年ほど前のもん」となるが、幸い、ポッドキャストでご一緒して頂いた舞台美術家の竹内志朗先生はじめ、70代以降のお知り合いの方も多く、その方々と話すときは、互いに何不自由なく気楽に会話ができる。
ところが同年代や年下の人達と会話する折には、時に解説入りで話を続けることもある。
が、それはそれで、これもまた互いに面白いものだ。

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2009年10月30日 (金)

33年ぶりの会話

縁は、ほんまにおかしな所で繋がるもんですわ。
とある会ででぉうたお人と話してたら、そのお方、なんとうちの高校の同級生と親しい付き合いがあるちゅうのが判りましてん。
ほんで、そのお人が、同級生のその子に早速連絡してくれました。
今や中年、51才の男の人ですけど、うちにとったら、いつまでも「子」がつきます。

その子ぉから電話があって、開口一番、「おい、何年ぶりやろ?」と問うてきます。
「かれこれ33年ぶり」と答えると、
「最後におうたんは、お前の家に他の奴らも集まって、皆で飯食うた時とちゃうか」と、まぁ、よぉ覚えてますねん。

33年間の空白の時間は、まるでなかったかのように話は弾みました。
嬉しい事でおました。
縁の不思議と繋がりに、「おおきに、おおきに。有難うございました」と連絡を付けてくれたお人に心から感謝してます。

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2009年10月28日 (水)

大阪弁:「なぁて」

気付いたら、周囲では、問いかけの始めの言葉に、「ねぇ」と言っている人が多い。
「なぁ」も余り聞かない。
「そや、『なぁて』は?」と考えたが、「言うてる人、殆どいてへん」と思う昨今だ。

『なぁて』は、話し始めに付ける大阪弁で、『ねぇ』と同じ使い方をする。
なぁて、この前頼んどいたやろな。あの話、どないなってんねん」
(=ねぇ、この間頼んでおいたでしょ。あの話、どうなっているのよ)

言い様によっては、しつこく聞こえる。
また、「なぁて、あかんのん?」などと、少し甘えた風に可愛い女性が言うと、それはそれで胸キュンとなる男性も出てくる。
使い方で印象がグッと変る大阪弁の一つだ。

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2009年10月26日 (月)

大阪弁:「骨仕事(ほねしごと)」

今まで、『しゃぁないわ~、この人、なんせ、話食いやよって』
(=仕方がないわ。この人は、何しろ、すぐに人の話に横から割って入ってくる人だから)
と感じる人がいた。

例えば、AさんとBさんが“木の実の話”を始めたとしよう。
話が始まったと察知すると、Xさんは驚くべき速さで必ず割り込んでくる。
「ところでこの前ね、それがやな」の言葉で二人の会話を中断させ、内容から外れている話を、いかにも「よぉ知ってまっせ」と自信満々で喋る。
『あぁ、難儀なお人や……Xさんの話が一段落するまでしんぼ(辛抱)やな』と諦める。
とにかく、話の中心をご自分に持っていきたがるXさんだ。

今までは『話食い』・『難儀な人』という言葉で、毎回の厭な思いも抑えてきた。
「よろしがな。ほっときまひょ」と思えればいいのだが、未熟者の私は勘に障ってそうできない。
ある時、その解消法を見つけた。
助けは大阪弁にあった。
Xさん恒例の話食い行為が始まると、『骨仕事(骨の折れる仕事)や。その内、止む(やむ)、止む」と思うようにした。
骨仕事、つまり「これも仕事の一つや」と思えば、少し気が楽になった。

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2009年10月23日 (金)

大阪弁:「散ばら髪(さんばらがみ)」

思い返してみると、祖父母から髪についての注意は、結構多かった。
明治生まれの祖母は、ずっと同じ『髪結いさん』でアップに結って貰っていた。
殊に髪の乱れを祖母は「だらしない」と嫌い、「わての我慢できん事」の一つにあげていた。

幼い頃、私は腰まである長い髪を三つ編みにしていた。
45年ほども前になるだろうか。毎朝、祖母の前に正座をすると、丁寧に黄楊の櫛(つげのくし)で髪を梳いてから三つ編みを編んで貰っていた。
日曜日の朝、ヌボ~ッとした顔と乱れた髪のまま祖母の前に出ると、「散ばら髪(さんばらがみ:乱れた髪)やがな。 あたかっこの悪い(=非常に格好が悪い)、そんななりそんな風体)してたら……あのまぁ、ほんまに」と呆れて、最後は少し悲しそうな顔をした。

今はショートヘアーで、私を見ても髪の長い時分を想像できない人も多い。
くせ毛で、寝起きの毛先はあちこちに向かって飛んでいる。
それでも叩き込まれたものなのか、出かけるときは鏡の前に立ち、「短うても、散ばら髪はあかん。それなりにきちんとしとこ」と気をつけている。

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2009年10月20日 (火)

大阪弁での打ち合わせ

舞台美術家の竹内志朗先生には、ポッドキャストで私と二人の大阪弁のお喋りを配信して、お世話になっていた。

ちなみに、ポッドキャスト:『トリビアな大阪弁』
番組アドレス:http://portal.podcastjuice.jp/dirretrieval/feed_detail.cgi?categoryid=15&blog_id=12449&slisttart=0
番組内容:はんなり、まったりした大阪弁のあれこれ話。大阪市内の真ん中で生まれ育った舞台美術家・竹内志朗氏と、親子ほど年の離れた私・松尾が繰り広げる大阪弁ぶっちゃけ放談。文字では表せない大阪弁の微妙な抑揚、音の強弱、言葉のニュアンスを、直にお届けする。

登録者数は24830人を越えた。

その竹内先生が舞台美術を担当。私は脚本を書かせて貰ったのが下記公演だ。

”森千紗花ワールド”
【一部】
  「灰の中から3億円」 
     作: 松尾成美 演出: 吉村正人 美術: 竹内志朗
     出演者:
     森 千紗花、大竹修造、前田写楽、河西秀樹、三好 香、辻本佳史 他

日時: 11月22日(日) 昼の部13:30~ 夜の部17:30~ (開場は開演の30分前)
会場: ワッハホール
料金: 前売券 4,000円 当日券 4,500円

Pコード予約 397-907 チケットぴあ TEL 0570-02-9999

主催: ㈱ギャグナーインターナショナル 森千紗花後援会 
お問い合わせ: ㈱ギャグナーインターナショナル 06-6773-3441

竹内先生と原稿を前にしての打ち合わせの席では、「先生、ここでワチャワチャが入って」と示せば、「ここで入れるねんな」と確認しながら話は続く。
ポッドキャストで喋っている通りの言葉で打ち合わせが終わった頃に、「先生、ワチャワチャも今のお人では意味わかれへんかもしれませんわ」と苦笑いする事が多い。

※わちゃわちゃ:大勢がめいめい口々に喋るさま。<『大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫より>

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2009年10月19日 (月)

冷え性なのに靴下嫌い

寒くなってきた。
「ほんまに、冬眠したい」と思うほど、寒いのは苦手だ。

小さな頃から冷え性で、少しでも気温が下がると、手足が冷たくなって困った。
それなのに、靴下を穿くのがイヤで仕方がなかった。
『冷たいのとボア~ッとぬくなっていく感覚を比べたら、冷たい方がマシ』だった。
そんな説明は幼い時分はできなくて、「この子は靴下穿け言うても、穿けへんのやさかい」と母は色々と策を練った。
「3つまでなら靴下穿かせた上から、紐で括って、脱げれへんようにしてたんやけど、すぐに取ってしもた」と、3才以降、無理に靴下を穿かすことを母はやめた。
中学生の頃になると、「また裸足で! そんな冷たい足しとったら、子ぉも産めれへんようになるぞ」と父に叱られた。

今でも靴下を穿くのは嫌いだ。
70半ばの両親が、冬場でも実家に入るとすぐに靴下を脱ぐ娘に「ほら、また靴下脱いで」と時々言う。
流石に50を超えると父の「そんな事しとったら、子ぉ産めれへんようになるぞ」の言葉はなくなったが、『お前、その内、神経痛にでもなったらどないすんのや』と思っているようだ。

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2009年10月15日 (木)

大阪のおばちゃん典型タイプ

大阪市内の映画館は、水曜日を“レディースデイ”と称して、1000円で映画1本を見ることができる。
昨日、難波にある映画館に行ってきた。

入り口で『ゼロの焦点』のキャンペーンで、油とり紙を配っていた。
私の後方でそれを貰ったおばちゃん二人が、大きな声で話し始めた。

「これ何?」と手渡された途端に一人が言った。
「何、くれた?」と、こちらも同様だ。
二人で中身を確認している音がして、「油とりや!」と一人が叫ぶと、「あぁ、油とりかいな!!」とそれ以上に大きな声でもう一人も言った。

『油とり紙やのぉて、油とりと言うてしまうと、天麩羅揚げる時に使うキッチンペーパーみたになってしまう』と思った。
「油とり」という言葉が、その後、何度かあって、二人はトイレに消えた。

何でもない会話なのである。
今や大阪のおばちゃんはと言えばこんな感じの典型とは言え、声のボリュームや言葉の使いように全く奥ゆかしさを感じない。
明治生まれの祖母は、「そない大きな声で話すもんやない」と、場所によっては私を窘めた(たしなめた)。
先程のおばちゃん二人は、私よりも年上の60前後のように見受けられた。
『お宅さん等、窘められたこと、おまへんか?』と、黙って彼女たちの後ろ姿を見送った。

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2009年10月13日 (火)

敵わん患者第一号

お菓子の中では、醤油味のおかきが一番好きだ。
これさえあればご機嫌だったが、食べ過ぎて調子が悪くなったこともある。
消化不良だ。
昭和35年頃だから私は2才前後のはずだ。その頃に起こった、祖母が笑って繰り返し聞かせたお話。

「ぐずってしょうないんです」と、祖母が、開業したばかりの内科・小児科の先生の所に連れて行った。
受付は奥さんがしていた。
先生はお腹の張っている私を診て、「便器を診察室に持ってきて」と奥さんに告げ、ピカピカの診察室におまるが用意された。
浣腸後の排便物を見て、「おかきの食べ過ぎやな」と先生は呆れたようだ。

幼すぎて、この記憶は私には残っていない。
だが、先生と奥さんには、「成美ちゃんのカルテ、うちの患者第一号やさかい、ずっと取ってあんのやよ」と大きくなってからも言われ、その度に嬉し恥ずかしの気分になった。
長くお世話になった先生だったが、今はもう亡くなっていない。
おかきを食べる度に、時々、その先生のくせ毛でクルクルとカールした毛先があちこちに飛んでいた頭を思い出す。

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2009年10月12日 (月)

懐かしの乳ボーロ

明治生まれの祖父は、ビスケットが好きだった。
昭和33年(1958年)生まれの私には、幼い頃は乳ボーロをよく与えていた。
子育ては祖父母の手でなされていたので、乳ボーロは手軽で消化が良く、離乳食の頃ともなると、祖父は食事の合間のおやつに私の口に入れていたようだ。
乳ボーロは衛生ボーロとも言ったが、物心着いた時分の私は、このお菓子が甘すぎて苦手だった。

口に入れるとすぐに溶けて形がなくなるのも、歯ごたえがなく、物足りなかった。
祖父の食べるビスケットの方が歯ごたえがあって、『乳ボーロよりもビスケットの方がええ』と思っていたが、その事は口に出さなかった。
「乳ボーロはお腹によぉて、滋養になる(=お腹に優しくて、栄養になる)」と、祖父は常備食のように買い込んでいた。
小学3年生の頃になっても、「成美、乳ボーロ食べ(=食べなさい)」と手に渡され、一旦握って「どうしょう。食べたないのに」と悩み、祖母に「もういらん」と返したことがある。

何でも過ぎると人は嫌気がさす。
私の場合、当て嵌まるのがこの乳ボーロ。食べ過ぎて、「結構です」となってしまった。
今でも乳ボーロを見ると、懐かしさは湧いてくるが、食べたいとは思わない。

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2009年10月 7日 (水)

御身大切(おんみたいせつ)

大きな台風が近づいてきている。
母から昨日電話があった。
「もしもの時は、あんた、どこへ避難してる?」と問うてきたのがきっけで、過去の台風襲来時の話になった。

「いつの台風やったか、自分だけ逃げて、あの子(=私の妹)放っておいて。おばあちゃんに『下の子ぉ、どないしたんや?』と声掛けられてから、『あっ、忘れてきた!!』と気ぃついて。ハハハ、フフフ」と笑った。
「おかあちゃん、御身大切(おんみたいせつ:自分の体が一番大事の意)やさかい。フフフ」と、また自分で自分の事を笑っていた。

事が起こったのは、1961年(昭和36年)の第2室戸台風の時だ。
当時、祖父母の家は木造だったが、風呂場だけは鉄筋の造りだった。
3才の私は祖母にしっかり手を握られて、居間から風呂場に移動した記憶が、ぼんやりと残っている。
祖父母に挟まれて風呂場の中で直立していたが、日常とは違う雰囲気だけは感じていた。
ところが妹はまだ赤ちゃんで、何も判らず、動けず、居間に一人取り残されたていた。
「はよ、連れてこな(=連れて来なさい)」と祖母に言われ、母は慌てて風呂場から出て行ったらしい。

御身大切な母は73才、今日も元気だ。
「ほんま有難いなぁ。子孝行やわ、お母ちゃん」と感謝している。

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2009年10月 3日 (土)

袖すり合うも多生(他生)の縁

“袖すり合うもたしょうの縁”
この『たしょう』を、ずっと『多少』だと思っていた。

ところが過日、知り合いから、「たしょうは『多生』、または『他生』と書くんですよ」と教えて貰った。
『多生』も『他生』も、前世を意味すると同時に教えてくれ、「ですから、松尾さんと知り合ったのも、前世からの何かのご縁です」と言っていた。

縁があって結婚した相手とは、相性が合わず離婚した。
別れた相手も、きっとそう思っていることだろう。
「そうすると、あの人との前世の縁は、一体どんなもんやったんやろ?」
最悪の縁とまで思った時期が長かった故に、「もしも前世があって、来世があると考えるなら、来世には出会いとうない人やわ」と、ポツリポツリと思う秋の夜だ。

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2009年9月30日 (水)

大阪弁:「ひっくりかやす」

何でもない日常の言葉に、「これは今使てるやろか?」と思うことがある。

「ひっくりかやす」と言ってから、「ひっくりかす? ひっくりかす? あれ??」と考えた。

明治生まれの祖父母は、「ひっくりかす」と言っていた。
その二人に育てられたので、元々使っていたのは、「ひっくりかす」だった。

意外にも、小中高の学生時代は余り周囲の言葉の影響を受けなかった。
時には言葉の違いを冷やかされる事はあったが、冷やかす方の喋る地元の和歌山県紀北地方の言葉に馴染めなかった。
祖父母、及びその周囲で使っている一昔前の大阪弁の音の響きが好きだった。

しかし、娘達との生活で今風の言葉の影響は受けてしまう。
それが、「ひっくりかす? ひっくりかす? あれ??」となってしまう。
娘達は、「ひっくりかす」と言うのだ。
「ひっくりかす? ひっくりかす?」と戸惑い、「うち、どないしたんやろ」と、妙に悲しくなる。

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2009年9月24日 (木)

大阪弁:『こすい』・『すこい』・『ずっこい』

『こすい』・『すこい』・『ずっこい』は、「ずるい」を表わす大阪弁だ。
しかし、この頃は『こすい』・『すこい』と使っている人が、周囲に少なくなった。

記憶を辿れば、昭和30年代では、『こすい』という大阪弁はまだまだ使われていた。
昭和40年代、私が小学生の頃を思い出せば、相手のずるいやり方に腹を立てた子が、
「ほんま、こすいなぁ」
「おまえ、すこいことすんなよ」
こんな風に使っていた。

今、21歳の次女に「こすいって判るか?」と尋ねてみた。
「せこいちゅうことやろ」と返ってきた。
『せこい』の意味は、『しぶちん(=けちんぼ)』のことだ。
許容範囲の狭い性格を指して『せこい』と使う時もあるのだが、「ずるい」の意味の『こすい』とは微妙に違ってくる。

「すこいはどない?」と再度尋ねると、「わかれへん」と首を横に振った。
最後に「ずっこいって判るか?」と問うと、「うん」と首を縦に振った。

起き抜けに突然言葉調べを受けた次女は、ここまで言って、私の前からスーッと去っていった。

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2009年9月16日 (水)

経営者と奉仕の精神

商売人の子である。
こう聞いた人の抱くイメージは、「愛想よし」「そつがない」の他に、「損得勘定に長けている」というのもあるかもしれない。

商売人の家で育ったことと、マーケティングの世界でも仕事をしていた経験+物書きの分析力からか、私の経営者を見る目は、自分でも「ちょときつい(=少し厳しい)」と思う。

近頃、私の知る範囲での経営者を見るにつけ、考える。
繁盛する店を持つ経営者や、手堅い経営方針で会社を潰さず長年存続させている経営者の中には、「損得勘定に長けている」だけではないものがある。
それは、「損得勘定」だけに走らない、奉仕の精神だ。
奉仕の先は、従業員の時もあれば、世の中の時もあれば、例えば学校を経営しているのなら学生の時もある。

たまに口先だけの言葉ばかりで繋いで喋る経営者に出会うと、底が見えてしまう。
『さて、ここ、現状でいつまでいけるやろか?』と、よく動く口元を見て、相槌を打ちながらも腹の中では思っている。
そういう人が、「何かの役に立ちたい」と言っても、飾り言葉の一つにしか感じられない。

51歳を越えた。
年齢を重ねることは、今までとは違った物の見方が増えてくるものだ。

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2009年9月14日 (月)

ビジネスマナー:返礼メール

相性の合う、合わんは、直感で判断することが多い。
不思議なもんで、大抵当たる。

物書きの場合、書いている内容や、文体はいかにも優しい雰囲気を醸し出しているのに、ご本人に合ってみると、『思てた印象と、どこぞが違う』と感じる人もいる。
短い時間の会話の端々に、その人の“無駄な物は切って捨てる”感覚を感じてしまうと、抱いていた人間的な優しさは吹っ飛んでしまう。

そんな人に、お節介な私は、「こういう仕事があるのですが」と、仕事の紹介メールを送った。
「もしも、する気があるのなら、先方に連絡して下さい」と添えた。

私にも先方にも連絡はなかった。
「その仕事はしません」という意思表示だろうが、こういう場合は、紹介した私に『折角のお話ですが……』のメールを一本返すべきだろう。
人間関係で仕事が広がることの多い在阪ライターの世界だ。
偉そうに言うわけではないが、「お宅さん、返礼メールの一本が次の仕事に繋がるちゅうこともおまっせ」とボソッと呟いた。

何業でも言える。
返礼メールは仕事を広げるきっかけにもなるのだから、「手ぇ抜かん方がよろしで」と思っている。

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2009年9月11日 (金)

大阪弁:『見繕う(みつくろう)』

1900年(明治33年)生まれの祖父は、お酒を飲まなかった。
若い頃は、大勢を引き連れて派手に遊んでいたらしい。
祖母は、「自分は飲まんと、人には飲め、飲めって。その(代金の)尻拭いは、みーんなわてやろ」と、何かの折に思い返してぼやいていた。

大抵、そんな時は、店に入ると
「なんぞ、ええよなもん、見繕て、出したって」
こんな言葉で始まって、散財してしまったようだ。
「ほんまに、ええかっこしぃやさかい。後先(あとさき)のことなんぞ、考えへんやろ」

大阪弁の『見繕う』とは、『見立てる。提供できる物の中から選ぶ』の意味を持つ。
今風バージョンでいくと、もしも洒落たレストランなら、「そこ、ええよに見繕ろて」とは言わず、「シェフに任せるわ」と言うのかもしれない。

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2009年9月 8日 (火)

おめでたい債権者

商売人の家で育ったお蔭で、代金未支払いのまま何年も平気で過ごせる人も、踏み倒しをする人も、小学生の頃から見てきた。
踏み倒されたら、泣き寝入りが多い。
こんな時は、相手がいなくなると、「夜逃げしたんやて」とか「飛んだらしいわ」などの言葉を会話に入れて、大人達は話をしていた。

50歳になって、初めて原稿料未支払いのまま、仕事の依頼主である出版社が倒産。
私は債権者の一人に名を連ねることになった。

結局、「こういうの、いややなぁ~」と思いつつ、債権者集会には会の終了後に裁判所に入った。
「怒号飛び交うというような感じでしたのやろか?」と、裁判所の担当者から説明を受けながら尋ねると、「いいや、そうでもなかったですよ。静かなもんでしたわ」との事で、何だかホッとした。

さて、倒産の場合、社員が先ず優先順位の始めに来る。
今回は管財人の処理の結果、社員全員に未支払いの給与は支給されることになった。
私のような外部委託者は、その次に位置するので、今回は未支払い金額の2%支給になるらしいのだ。
「社員給与が支払うことができて良かったなぁ」と思い、「あかんと思てたのに、2%支払って貰えるんや」と笑っている私は、自分でもおめでたい人間だと思う。

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2009年9月 4日 (金)

大阪弁:『どの道』

明治生まれの祖母がよく使っていた言葉を、今でも何気なく使ってしまう。
祖母の元には、町内会や親戚、その他色んな人が来ては相談をして帰ることが多かった。

「大人の話に口挟むもんやない」と教えられていた。
それを守る姿勢が、訪れる人にも祖母にも大して邪魔にもならなかったのか、小さな頃は、席も外さず、なんとはなしに相談事を聞いていた。
余程のことがない限り、「ちょっと向こ行っとき」と言われることはなかった。

「見舞金をいくらにするか?」とか、「疎遠な関係であった人の香典をどうするか?」とか、「見合いの話がまとまらない」などなど、そんな話であったように思う。
人の世に起こる様々な場面の対処方法を、祖母はいつも諭すように話していた。

くよくよするばかりで結論が出ない人には、『どの道(どのみち)』という言葉を、しばしば使っていた。
『どの道』とは、「いずれにしても」の意味だ。
「あんた、そなゆうてたかて、どの道、出さんなんもんは出さないかんのやろな」
例えば、何かのお金を出し渋っている人にはこんな風に言っていた。

今の私の生活で出てくる場面は、仕事へのスイッチの切り替えに時間がかかっている時だ。
「どの道、仕上げなならんのに……さぁ、グズグズしてんと、はよせな!(=早くしなければ!)」
こうして、頭と態度を切り替える。

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2009年9月 3日 (木)

喧嘩場面で使う大阪弁

うちの喋る大阪弁は、関東のお人には、京都弁のように聞こえるようで、
「京都から?」
と、よぉ問われます。

『京都弁は、大阪弁より優しいと思てなはんのやろな』
問われる度に、そない思います。

けど、京都の人かて、怒るときはきつおまっせ。
芝居で、舞台設定が大阪やその近郊の時、喧嘩の場面では、大抵、河内弁のような言葉を使います。
そないなったら、船場言葉も京都弁もあらしまへん。
「おんどりゃ~、なにぬかしとんじゃぁ!!」
一発、こない言うてから、
「あ~ん? う~ん?」
と、顎を突き出すような風情になる言葉というのか、音がつきますねん。

喧嘩になったら、どこでも「いてこましたろか」とハッタリをかますような言葉になるもんですわ。
それもそれで、「おもろいなぁ」と思てます。

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2009年8月31日 (月)

『飴ちゃん』で繋ぐ人間関係:大阪のおばちゃん編

大阪のおばちゃんと言えば、頭に浮んでくるのは『飴ちゃん』を友人に配る姿だ。
おばちゃん達は電車やバスの中で、座ると先ず鞄の中をまさぐる。
「これ一つ」とまさぐっていたおばちゃんが、隣りに座るおばちゃんに飴ちゃんを一つ手渡す。
「あれ、まぁ、おおきに。うちかて持ってんねんで」と、受け取った方のおばちゃんも鞄の口を開けると、「ほれ、飴ちゃん」と取りだしてくる。

『月の内、何遍この光景を見るやろか?』
思い出す限りで、8月中に3回出遭っている。
毎日通勤している身でない私。仕事で外出の機会があっても、時間は不規則だ。
そうなると、外に出て出遭う確率としては高い。

「そないそない飴ちゃんを、どのおばちゃんかて、欲しいわけでもないやろに」と考えてみた。
飴配りの根底に流れるものは、「ちょっとした気配りを、なんぞで表現したいのとちゃうかなぁ」である。
結局、「大阪のおばちゃん流、《塩梅のええ人間関係を築く》ための小道具が、『飴ちゃん』やないやろか」と思っている。

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2009年8月27日 (木)

恐るべし携帯電話

向こうからやってくるサラリーマンは、携帯電話で話しながら歩いていた。
口元を手で覆うようにして、眉間に皺を寄せていた。
擦れ違いざま、「ケツ割ったのはそっちやろ」の声が聞こえた。
『電話の相手が、何や知らんけど、先に何ぞを辞めたんや』と思った。

JRのホームで電車を待っていた。
隣りに座る女性は、「そやから言うたやないの」から始まって、「言ってやった」「してやった」と『やった』を連発してた。
まだ40代かもしれない女性をチラッと見て、『もしも、この人に息子がいてて、成人して、嫁さんもらうようになって……この人が姑やったら敵わんわ。この調子やったら、何でもかんでも恩着せがましい事言うてくるんとちがうか』と想像は膨らんだ。

携帯電話の話しぶりに、人柄が出る。
それはもう、白日の下にさらす状態なのに、話している本人は気付いていないから、益々色んなものを無防備に出してしまう。
“恐るべし携帯電話”と肝に銘じている。

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2009年8月24日 (月)

ビジネスマナー:『Re:』 返信メール

PCや携帯のメールの返信で、「なんや、これ??」と思うものを送ってくる人がいる。
こちらから送ったメールを、そのまま『Re:』だけで返してくる。
『Re:』は返信をクリックしたら勝手についてくるもので、こちらからの本文はそのままに送り返してくる。
受信者からの本文は一切ない。
「何か書くつもりで、まちごて送信してきたのやろな」と思っていたが、そうではなかった。
何度か同じ様な事があって、「やっぱり、これで返信してはんのやわ」と判った。

「お宅さん、誰ぞになんぞ尋ねられて、返事するとき、声も出さんと、頷いてるんかどうかもよぉ判らん動きされてみぃな? なんやこの人、これで仕事になると思てなはんのかとカチンときまへんか? お宅さんの返信メールは、そういうことでっせ」と言いたい。

顔が見えない分、受け取った側の印象を考えるべきだ。
『○○の件』と送ったら、
『Re:』の返信メールには、せめて『承知しました』程度の言葉を本文に入力して欲しい。

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2009年8月21日 (金)

社会と教育と、虚しい選挙

選挙が始まった。
どの政治家も「この国を」と連呼するが、空々しくて、また虚しい。

この国を良くするよりも、『我が党』や『私』の事しか頭にないのがミエミエで、言葉も出ない。
「なんでこんな政治に、社会になったんやろか?」

戦争を知らない昭和33年(1958年)生まれの私は、戦後教育の中で育った。
小学校生の時分は、まだ先生の中に、代用教員の名残のような先生もいた。
教育にかける熱情は、小学校の6年間を通して、その先生方にいつも変わりなく感じていた。大抵、このタイプの先生は、紺色の上っ張りを着ていた。
だから、大学を出て教師になり、小学校のプールで大胆な水着を着る女性の先生には憧れは抱けなかった。
思春期に入ろうとしていた小学校高学年の私には、「あざといセンセ」といけ好かない女性だった。

中学の頃、日教組というのがあるのを知り、高校の頃、「へぇ~、先生もストライキするんや」と思って見てきた。

社会と教育は切り離せない。
今の現実は、「なんやけったいな??」「どこぞが違うやろ」と感じていたことの積み重ねがあり、修正がされないまま、どこかで道を誤った結果だと思っている。

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2009年8月19日 (水)

大阪弁:「素うどん(すうどん)」

「あれ? これって、うちのちっちゃい時は、こないゆうてへんかった」
そう感じる言葉は、たんと(=沢山)、ほんまにたんとある。

立ち喰いうどん・そばのメニューに
『かけうどん』の文字を見た。
長い間、「かけ」という文字に何の違和感も持たないで過ごしてきた。

今日になって、急に、「あれ? かけって今はゆうてるけど、あれは素(す)うどんのことやわ」と思った。
昭和30年代後半は「かけうどん」と言うよりも、「素うどん」と言っていた。
けれど、『素うどん』というメニュー表示があったかどうかの記憶はない。

そばに関しては、「素そば」と言って注文することはなかった。
それが「かけそば」だったのかは覚えていない。

うどんでは「きつね」か「玉子とじ」
そばでは「たぬき」か「月見」
「うちが注文するんは、大方はこんなとこで、たまに天麩羅うどんや天麩羅そばやった」のである。

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2009年8月17日 (月)

これはないやろ、あかんやろ

仕事柄、テレビ番組のナレーションや画面に映し出されるテロップが気になる。
日増しに、「もうあかんわ」の思いが強くなっていく。

ディレクターが最終チェックをしているはずだが、「これはないやろ」というほどひどいナレーションやテロップが流れる昨今、「チェックできるだけの力量がないねんな」と思う。

インタビューされた一般の人が、きちんと正しい日本語で喋っているのに、言葉をそのまま記したテロップは“ラ抜き”や“イ抜き”言葉になっている。
「言葉遣いに出る人柄や、想像できる環境ってあるやろに。配慮のないテロップやわ」と腹が立つ。

「漁師さんの図太い指先が……」
鰺(あじ)を釣る様子の映像に流れるナレーションがこれだ。
「ちょっと待ちぃな。“図太い”って、神経が図太いと使うけど、指先が図太いとは言えへんで。図太いの漢字も意味も、このナレーションを書いた人、全然知らんのとちがうか?」

「質の低下どころやない!!」と立腹モードはピークに達した。

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2009年8月15日 (土)

夢で会いましょう♪

おもろい夢やけったいな夢を、時々みる。
かつては、金色に輝く仏像が、濁流を「バラモン~、バラモン~」と言いながら流れていく夢もみた。
CIAのスパイになって、網タイツを履いたアントニオ・バンデュラスを相手に一戦交える所で目が覚めたこともあった。

お盆の時期を意識しているわけでもなかったのだが、3日前の明け方、40数年も前に亡くなったコリー犬の“エス”が夢に現れた。
エスは今まで飼っていた犬の中で、最も愛した犬だった。
白と茶の混じった毛は長く柔らかで、性格は母性の塊のような犬だった。
小学校の低学年だった私は、エスにもたれてテレビを見、エスのおっぱいをよく弄ったものだ。

そのエスの足音が夢の中で聞こえ、次第に近づいてくる。
「あっ、エスや」
気付くと、エスの背中を撫でいている自分がいて、「ここの毛は相変わらず柔らかいなぁ」と言い、後ろ足の毛を触って、「そうそう、ここの毛はちょっと固いねん」と呟いたら目が覚めた。

蒲団の中で、「夢で会いましょう~♪やな」と笑ってしまった。

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2009年8月10日 (月)

大阪弁:「こっちゃおいで」

「ちょっとこっちゃおいで。ええもんあげるさかい」
小さな頃、町内のおっちゃんやおばちゃん達は、周りの子供達にこんな風によく声をかけていた。

生まれたのが昭和33年(1958年)。
幼稚園にあがる頃には、祖母から
「ちょっとこっちゃおいで。ええもんあげるさかいと言われても、着いていったらあかん。知らん人に、着いていったらあかんのやで」と念を押された。

こうして、人の繋がりが豊かな時代から、「何が起こるかわかれへんよって、気ぃつけとかなんだらあかん」時代に移っていった。

「こっちゃおいで」と手招きしてくれたおっちゃんやおばちゃん達の顔や声を思い出す。
「今頃、彼岸で皆集まって、お盆で家へ帰る話でもしてなはんのやろか」と思う。

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2009年8月 7日 (金)

本性見たり、セコイ奴

「町内会の集まりみたいやもんやよって、出ておいでぇな」
友人のA子さんに誘われて、宴席に出た。
会社経営者、自営業、サラリーマンと、その場にいた人達の職種は色々だ。

一次会はすんなり終わって、二次会は近くのスナックに移動した。
3000円ポッキリで、飲み物と乾き物が出てくる。
母娘でしているお店は、常連さんで一杯だった。
私たち一同を連れて行った自営業の男性と、常連さんの一人が小競り合いを起こし、A子さんに目配せして、早々に私たちのグループは店から出た。

A子さんが詫びるスナックのママに精算を言うと、ママは「結構です。嫌な目ぇに遇わせてしもて」と涙まで溜めていた。
「そんな訳にはいけへん」とA子さんは1万円を彼女に手渡した。
すでに私は3000円を横にいたサラリーマンに預けていたので、「そのお金、A子さんに渡してな」と頼んだ。
「4人で店に入ったんで1人2500円ですわ。けど、僕、500円おつりがのぉて」とサラリーマンは言った。
「もぉよろしです(=返金は構いません)」と言うと、「そうですか。ほな僕のおつりの500円と合わせて、1000円戻りちゅうことで」
男性は、手帳に1000円札1枚を栞のように挟み、サッと懐に入れた。
目の前でポッポナイナイする彼は50代半ば。『オモロイいほどセコイ!』に尽きる一流企業に勤める男性だった。

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2009年8月 5日 (水)

ご先祖様に感謝

この頃、集中力を持続できない。
「これも更年期障害やろか?」
一瞬、そんなことも思った。
「でもないなぁ~。好きなもんやったら、結構な時間、集中してるよって、気ぃの乗らんもんに集中でけへんのや」
自問自答で結論は出た。

家では、分が悪くなると、更年期障害という言葉を持ち出しているが、51才ともなれば、ここに属する厄介な体調不良が起こって当たり前だ。
けれど、「困るほどのもんは無し」で、本当に有難いことだ。

「誰に感謝したらええのやろ?」と思った。
お盆も近いので、「この体を与えてくれたご先祖様、おおきに。有難うございます」
と、PCの前で言った。

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2009年8月 3日 (月)

若い子がいいんだよ

私の周囲には、かなり元気な高齢者が多い。
その中の一人、A氏は97才。うちの祖母と同い年だ。
80代で奥様を亡くされ、片やうちの祖母は70代で夫を亡くした。
5年ほど前だっただろうか、A氏に、「茶飲み友達に、うちの祖母はどうでしょうか?」と勧めた。
冗談ではなく、祖母に了解は得ていなかったが、私としては真面目な話だった。

ニッコリ笑ってA氏は言った。
「僕はね、若い子がいいんだよ」
これも冗談ではなく、本音だ。

「そら誰かてそない言うやろ」と人からは笑われた。
「そうやわな」と頷いたが、「それって、異性を選ぶ時は、種の保存本能が働くんとちゃうかな」とも思う。

追記:
後日、祖母に、「実は、おばちゃんを茶飲み友達にどないって、おばあちゃんと同い年の男の人に言うてん」と話した。
「阿呆らしもない(=バカバカしい)」と呆れられた。

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2009年8月 1日 (土)

急き立てる蝉の声

今日から8月。
朝から蝉の声が、大きくなったり小さくなったりと、かなりの音量で響く。
音の波を「喧(やかま)しなぁ~。これは波状攻撃やがな」とも思うが、短い命を生きる蝉に急き立てられ、じっとしていては何だか悪いようにも感じる。

寒い季節より、暑い季節の方が我慢できる。
日中炎天下を歩いて、帰宅後に時計を外してみたら、時計バンドの跡が白くなっていた。
「焼けたわ」と、他愛もなく笑ってしまう。
夜、娘達が帰ってくると、「ここ、ここ見てみ。時計バンドの跡、ほれ、白なってんねん」
単なる嬉しがりの50過ぎの母を見て、「あぁ、ほんま、ほんま」と20代の娘達は平板な相づちを返す。

寒い時は、「寒い」以外の言葉は出ない。
それなのに、暑い時は「日ぃに焼けてしもた」や「お水の蒸発するの、ほんま早いなぁ」とか、「夏の暑さは猫より犬の方がきついんとちゃうか?」などなど、こうして幾らも出てくる。

余りにもうるさい蝉の声に、時々気が散って考えを中断しながら、「やっぱりうちは、暑い方がええみたい」と納得した。

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2009年7月30日 (木)

おくりびと:順送り

ここ2ヶ月の間で、幼稚園からの友人のお父様やお母様が相次いで亡くなった。
その度に思う。
「近い将来、うちかて親を見送る日ぃが来るんや」と。

今年で51才。
その親達は、70代半ばから80代になっている。
友人達の親御さんも80才を過ぎていた。
「昔やったら、80まで生きて長生きしたなと言うて貰えるんやけど、今は、確かに長生きしたのは違いないのに、まだまだ生きていられたのにとも思う」
こんな言葉を友人の一人は言っていた。

「順送りや」とうちの父はよく言う。
その順送りが狂うことのないように、一番願っているのは97才の祖母だ。

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2009年7月29日 (水)

大阪弁:「いてこます」・「いてまう」・「いわしたろか」

普段は使わない言葉でも、ちょけて(=ふざけて)言う時がある。

ご飯の用意ができた。
『さぁはよ(=早く)食べて』と作った私は思っている。
「ご飯、でけたさかい、はよ食べて~」と娘に声を掛ける。
「はぁい」と返事があったのに、、なかなか食卓につかない。
「はよ、おいでや~」と私は再度促す。
「うん、はい」の返事がしても、まだ来ない。
そんな時、業を煮やしたように
「コラッ、いつまでもグズグズと! いてこますぞぉぉ」と語尾を引っ張って言う。
あるいは、「いてまうぞ(=やっつけてしまうぞ)」と言うこともある。

ちょけて言っているのは娘も知っているので、「はいはい」で終わる。

さすがに「いわしたろか(=やっつけてやろうか)」は使ったことがない。

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2009年7月27日 (月)

空気の読める人と読めない人

どこにでも空気の読める人と、そうでない人がいる。

一緒の場に座ったら、空気の読める人同士で話していると、必ず、読めない人が話を割って入ってくる。
『またや』と思っても、空気の読める側は口には出さない。
実際、『またや』以外の感情はないのだから。
そして話は、読めない人の先導で「あれれ?」と思う方向に行ってしまう。
座は白けているのに、読めない人のテンションは上がる。
帰り道、「どこにでもいてる。あのお人だけが何も特別ちゅうことやない」と思うのだが、気持ちの良いものではない。

物書きの世界で出遭う空気の読めない人の比率は、高いように思う。
それは、企業や他の世界なら、「そんな塩梅ではやっていかれへんで」ということが、なぜかやっていける世界だからかもしれない。

疲れる人が多い物書きの世界だ。

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2009年7月24日 (金)

仕事への感謝

いつもそうだ。
仕事が忙しくなる時は、重なってしまう。

季節物を取り扱っている業種なら、「この時期は、忙し、忙し」というのもよくある話だ。
「けど、違うクライアントから、仕事内容の異なる話が来て、それが重なるゆうんも、不思議な話」と思っている。
私の場合、「書くのは構成台本だけ」とか「脚本だけ書いてますねん」ということではない。
仕事先は放送媒体や紙媒体の会社など色々で、そこから来る依頼も様々だ。

仕事が重なってしまうと、二通りのやり方をする。
① 集中して、一つずつ片づける。
② 時間のかかる仕事と、半日程度で出来そうな仕事を並行させる。
「大方は、②の方やったわ」と今までのことを振り返った。

そして、今回も②で進めている。
どこにも属さず、一人で物書きだけで食べていくのは大変で、こうして気分転換に別の仕事をさせて貰える有難さを感じている。

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2009年7月22日 (水)

当世大学生事情

大学生を相手に文章の書き方や、テレビやラジオの構成台本の書き方を教えることがある。

色んな学生がいることは、百も承知だ。
大学の環境、そこで学ぶ学生のモチベーションが、授業の雰囲気を左右する。
最初の「お願いします」のご挨拶がきちんと言える学生がいれば、前の椅子に足をかけて殆ど仰向けに寝ているような格好で、「あんさん、そんなかっこで、まぁ、どないすんねんな」と呆れる学生もいる。

名前が判らないので、注意をするときは、「そこの赤い帽子の兄ちゃん!」や、「今、ポッキー食べた子ぉ!!」と遠慮無く大きな声を出す。
褒めるときは褒める。
「よぉ出来たわ」「ええ話やなぁ」と、本当に思っているので口からすんなりと出る。

大学で教えることの楽しみは、「こんな子ぉが一人でも多く社会に出たら、世の中、変るかもしれへん」と期待を抱かせてくれる若者に出会えることだ。
常識のなさや、余りにも自分勝手な態度が重なると、「今までこないして通してきたんやさかい、世の中に出て、要領よぅ生きていく部類に入るかもしれへんけど、うちが雇い主なら絶対雇えへんわ!!」と強く思う。
幸い、「箸にも棒にもかかれへんがな~」と泣きたくなるような大学生は、出会った中では僅かだった。

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2009年7月21日 (火)

ビジネス:企画頓挫する人間関係

時々、『あっ、このお人は、物事の全体像を掴まれへん人やな』と感じる人に出会う。
仕事の関係者でこういう人と巡り合うと、最悪だ。
撤退しかない。

企画書を書いてなんぼの物書き業。
こちらから企画書を持ち込んでいる場合は、「なんとか前に進めへんもんやろか」と、撤退までに試行錯誤を重ね、経過を見ている分、時間がかかる。

全体像を掴めない経営者。
全体像を掴もうとしない担当者。
二人は、「こうなったら、こうなる」や「この案件を進めていくと、近い将来にこんな展望が開ける」の捉え方はせず、目の前にあることしか対応しないから、職場における互いの関係は良好だ。

ところがそんな中に、「こうなったら、こうなると思わしまへんか?」とか、「この企画、何とか前へ進めていきまひょいな。ほなら、きっと近い将来、こんな展望も開けるのちがいまっしゃろか?」の考えを持っている人間が入ると、上手くいかない。

「うちの企画書に惹き付けるもんがなかったんや」と反省しつつ、頓挫したいくつかの企画が頭の隅を過ぎった。

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2009年7月16日 (木)

大阪弁:『おんばひがさ(お乳母日傘)』

育った環境では、例えば、ちょっとした小荷物をえらく重そうに持っていたりすると、茶化すようによく言われた。
「箸より重いもん、もったことない子ぉやよって。フフフフ」
「ほんまになぁ、おんばひがさ(お乳母日傘)で育ったさかい。ハハ」

冗談で言っているのはこちらも判る。
「もぉ!!」とか一言返すと、大概は
「大丈夫かいな。誰ぞに運んでもろたらどないや?」と、茶化した方のおっちゃんやおばちゃんが心配してくれた。
「(一人で)いける、と、思う」と答えると、「気ぃつけて行きや」と必ず最後にこう声をかけてくれた。

『おんばひがさ』とは、ええとこの子(=良家の子)が、手塩にかけられ、随分と甘やかされて育ったことを表わす言葉だ。
けれど、本当に「ええとこの子」でなくても冗談半分で使い、50才を過ぎた今でも小さな頃から可愛がってくれた高齢の人達からは、「おんばひがさで育った子ぉ」と冷やかされる。

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2009年7月13日 (月)

大阪弁:『おしめり(御湿り)』

この所、日本の梅雨も様変わりしてきた。
まるで亜熱帯のスコールだ。
大粒の雨が、一気にザーッと降ってくる。

大阪弁には『おしめり(御湿り)』という言葉があって、「それとは、とんとかけ離れてしもて」と思う。

空梅雨(からつゆ)の折など、「ここらで一遍、雨が欲しいもんや」と人々が感じていると、夕方、少し雨が降る時もある。
そんな時に、「はぁ~、えぇおしめりや」と喜べば、「塩梅よぉ降ってくれたがな」と天に向かって感謝する。
こんな日常があった。

ところが今の梅雨時の雨は、各地に被害をもたらし、TVで天気予報図を見ては不安になる。

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2009年7月10日 (金)

ビジネスマナー:出会いに感謝

新しい仕事で出会う相手の第一印象は尾を引く。

私の場合、
① 年齢や性別に関係なく、相手に「可愛い」と感じるものがあれば、良い関係を築いていける。
② 「なんやこぉ、冷たいというか……」の印象を持っても、偶にはこの先、「意外に優しとこもあるわ」と変化する時もあって、そうなると良好な関係に至る。
③ 出会ってすぐに「この人、サド的なニオイを感じる」と思った時は要注意。言動にソツがないのに、この印象が拭いきれない時は、どんなに折り合いをつけようとしても、関係は成り立たない。

上記の3パターンに分かれる。

これからも、「さて、今度会う人は、①かな? ②かな? ③やったらイヤヤな」と漠然と思いながら、初対面の場に臨むだろう。

新しい出会いがあった夜、目を閉じる前には、「どんな結果になったかて、基本は“人との出会いに感謝すること”やわ」と呟き、「おおきに、ありがとうございました」と口に出すようにしている。

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2009年7月 7日 (火)

問答無用

仕事では、「こないなるやろな」と想像して起こす行動がある。
それも「ええ結果にはなれへんわ」と思いながら。

先方の出版社からの"書く条件"に、「それはあんまりやろ」と納得できない点があった。
私は、日本脚本家連盟にも加入しているので、著作権やそれらに付随することについて、この機関の著作権部に相談している。
そこでの意見も踏まえ、「一度、お話しできませんでしょうか?」と伝えた。

結果、話し合いの場は持たれず、この出版社での仕事はなくなった。
代表取締役名で届いた短い文面に目を落して、「案の定、問答無用やな」と思った。

『問答無用』の態度は、この業界ではよくあることで驚いてもいない。
何しろ、文句を言わないライターはいくらでもいる。
「けどな、やっぱり、これ、おかしやろ? と思いながら書くことは、うちはよぉせん。それでは不満が募るだけやもん」
たとえ不満があっても、この先の展望が望めるのなら、私は書く。
「今回は、全くそれがない」と判断した。
想定内の『問答無用』を受け入れ、「これはここまで!」と頭を切り換える。

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2009年7月 6日 (月)

大阪弁:『虫抑え(むしおさえ)』

何でもないときに出る一言に、「おっ?!」と驚いたり、「そやそや、この言葉」と懐かしさが込み上げてきたりする。

97歳の紀北地域(和歌山県北部)に住む祖母は、古い大阪弁を日常的に使う。
紀北地域は大阪に隣接し、昔から人の行き来が盛んだ。
そのせいで、高齢の祖母の話す言葉に、「これは残しとこ(=残しておこう)」と思うものが沢山出てくる。

例えば、祖母の小腹が空いている時に、タイミング良くお茶菓子を持って行くと、「丁度ええわ。ちょっと虫抑え(むしおさえ)に、よばれよか」と言う。
このように、“空腹を少し満たす”の意味で使う『虫抑え』という言葉は、愛嬌のある大阪弁の一つで、「何とか、残しておきたいなぁ」と思う。

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2009年7月 5日 (日)

とと様の名ぁとかか様の名ぁ

もう46年前も前の話だ。
1963年(昭和38年)に起こった吉展(よしのぶ)ちゃん事件から、「誘拐も他人事(ひとごと)やない」と祖母は思ったようで、「これ、忘れたらあかんで」と、氏名・住所・父母の名前・電話番号を、5歳の私に繰り返し教えた。
「外でなんぞあったら、覚えたこと、ちゃぁんと誰ぞに言うのやで」と、迷子や誘拐を想定して注意も受けた。

そんな時、必ず出てくるのが人形浄瑠璃の「傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)」の台詞、「あーいー、とと様の名はあわのじゅうろべぇー、かか様の名はおゆみともうしますぅー」だった。
「なっ、あの話でも、そないゆうて、お父ちゃんの名ぁ、お母ちゃんの名ぁをゆうのやさかい、成美かてでけるやろ」と言った。
「うん」と頷いた。
「ほな、覚えたかどうか、一遍、ここでゆうてみ」と祖母が言うので、
「あい、あ~いー、とと様の名はたけお、はは様の名はたえこともうしますぅ~」と調子よく謡うと、側にいた祖父は吹き出した。
祖母は正座の膝も崩さず、真顔で、「所(ところ:住所)からゆうてみ」とやり直しを命じた。
今度は節も付けず、ちゃんと、きちんと言った。
「よろし」と祖母は安堵した表情になった。

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2009年7月 3日 (金)

世話やき道

『世話やき』という大阪弁がある。
「ほんまに、うちはそうや。せんかてええがなとか、ここまですんのも、なんかなぁと思うのに、つい、ええいもぉ、乗りかかった船やと思て、やってしまう」
こんな事はしょっちゅうだ。

さて、事が済んでの話だ。
「塩梅いったら、良かったと胸のつかえが下りて、スッとすんねん。けど、そうはいかん事かてあって、そんな折は、骨折り損のくたびれ儲けとはこう言うこっちゃなと、ドッと疲れしまう。ほんで、自分がアホちゃうかと情けのぉなってしまう」
これもしょちゅうだ。

今も「世話やきやわ」と思いながら、誰かを誰かに紹介したり、「お宅さん、気ぃついてはらへんようやけど」と一言物申すような事もありで、過去の事柄の成り行きを考えると、内心は複雑だ。
けれど、「でけたら、皆がええよになったらええねん」と思っているので、世話やきは、時々溜息を漏らしながらも今日も明日も続いていく。

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2009年7月 2日 (木)

青の時間と茜色の時間

近頃は、何時に寝ても、午前4時半頃に目が覚める。
と言っても、困っているわけではない。

この時間帯に目が覚めると、夜が明ける前の外の色の変化を楽しめる。
「大好きな青の時間や」と蒲団の中から腕を出せば、ほの白く肌が光る。
目がまだボーッとしているせいで、プルプルの二の腕なども白さが増したように感じ、"ちょうどええ塩梅"に見える。

夕方は、茜色の時間。
夕陽を見ると、「なんで、切のぉなるんやろ?」と思うが、理由(わけ)もなく胸がキュンとしてしまう。

青に始まり、昼は白、夕方は茜で、やがて暗闇が来る。
だが、大阪市内では真っ暗闇の場所は殆どない。
漆黒の闇の中にポツンと居る経験は、まだしたことがない。

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2009年7月 1日 (水)

大阪弁:「相惚れ」・「逢い戻り」

今日から七月。
文月(ふみづき)とも言うこの月は、愛逢月(めであいづき)の異名も持つ。

大阪弁で“愛”に関連する言葉は色々あるが、「こんな粋(いき)な言葉やのに、今はのぉなって(=なくなって)しもた」というのを、調べてみた。

<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にある、『相惚れ(あいぼれ)』は、『相思相愛』のこと。祖母が使っていたので記憶にある。
しかし、"『逢い戻り(あいもどり)』 一度別れた男女が再びもとの仲に戻ること"は、「もとの鞘(さや)におさまるちゅうことやな」と判ったが、この言葉は知らなかった。

調べていると、時間の経つのも忘れてしまう。
「へぇ~」と驚き、「なるほどなぁ」と頷き、「うまいこと言うわ」と合点する。
辞書で調べることは、小さい頃からの一人遊びと同じと気付くと、「人って、変れへんもんやなぁ」と、誰もいない部屋で笑ってしまった。

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2009年6月29日 (月)

凛とした美しさ

人の美しさは、年齢を重ねると、その人全体から“滲み出てくるもの”のように思う。
パッと一目を惹き付ける華やかさではなく、優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるものが、一言二言話している内に、じんわりとこちらに伝わってくると、『素敵やなぁ』とポ~ッとなる。

40代・50代・60代・70代・80代と年代別に思い返してみても、女性では各年代で、「あっ、あのお人がそうやった」と浮んでくる。
ところが男性となると、たった二人しか浮んでこない。
年代に関係なく、私の出遭った男性は、どこか胡散臭さがつきまとったり、一本芯の通った所がなかった。

“優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるもの”と私が感じるものは、人によってはオーラと呼ぶのかもしれない。
「うちがそれを一言でゆうたら、気高さになるかな」と、あの顔この顔を思い起こしては、凛とした美しさを持つ共通点に気付く。
51歳を目前にして、亡くなった人も含め、「ええなぁ~。こうなりたいねん」と思う人に巡り会えた喜びを感じている。

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2009年6月27日 (土)

大阪弁:『おまっとさん(御待遠さん)』

40年ほど前の祖父と祖母が珍しく揃って出かける日の事を、朝から急に思い出した。

二人とも明治生まれだ。
祖母は、前日に髪結いさん(=美容院)に行き、髪を整えておく。
お出かけ当日、やつし(=おしゃれが好きな人)の祖父は、数ある服の中から適当にジャケットやシャツを選び、髪にチックを塗って、玄関で靴を磨いている。
大抵、こんな時に溢す言葉は、「おばあちゃん、まだかかってんのか。ほんまに、女子(おなご)は時間がかかる」と決まっていた。
祖母がやっと支度を調えて玄関の祖父の所に出てくると、「おまっとさん(御待遠さん)だした」と声を掛ける。
「でけたか。ほな行こか」と祖父は腰を上げ、「へぇ、行きまひょか」と祖母は返事をする。

さて、大阪弁の『おまっとさん』は、「お待ち遠様」と言うことだ。
一昔前は、食堂でも注文品を卓に置くときなど、「おまっとさんでした」の声が頻繁に使われていた。
今は芝居の台詞でしか聞くことがない言葉になった。

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2009年6月26日 (金)

ビジネスマナー:反面教師

とある会社に伺った時のお話。
『お昼時間に重なるんが、ほんま悪いけど』と恐縮しつつ、アポドリは済んでいた。
相手は、“○長”と肩書きのつく男性だ。
受付で先ず挨拶をし、「“○長”のA様は?」と尋ねると、「えっ?! (来社)お時間伺っていたんですよね」と、応対の女性は驚いた様子だ。
「さっきまでいたんですけれど……食事かな? 姿が見えなくて。でも、すぐに戻ってくると思うんですよ」と言うので、「1時にまた伺います」と礼をして退出した。
1時を過ぎ、先程の場所に戻ったが、その人はいない。それから15分近く過ぎて戻ってきた。

開口一番、A氏はメールが全くできないことが判ったので、「データを送る際に、どなたかメールの出来る方はいらっしゃいませんか?」とお願いすると、部下の名刺1枚を持ってきて渡してくれた。
「今、この方、いらっしゃいますか?」と尋ねると、「ええ、向こうに」と言いながらソファに座った。
「折角ですから、お顔繋ぎをしていただけませんでしょうか?」とお願いすると、「そうですか」と席を離れ、部下の女性を連れてきてくれた。
A氏の部下への説明は今一つで、こちらから彼女に今日出向いてきた概要を伝え、メールのやり取りもあると思う旨も話した。

事務所を出た瞬間、「“○長”のA氏って、気が利かんちゅうか、精神的疲労度を高めるお人やなぁ」と思った。

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2009年6月25日 (木)

短髪やさかい人違い??

ショートヘアーにして、10年程経つだろうか。
私の髪をカットしてくれる美容師の藤本君は、最後に「これからお出かけですか? それともまっすぐ帰られますか?」と毎回尋ねてくれる。
「お出かけです」と言うと、ムースをつけ、しっかりスタイリングキープ。
「帰るだけやねん」と答えると、ブローだけで柔らかに仕上げてくれる。

藤本君はハンサムで、彼が黒地に細い白のストライプのスーツでも着ようものなら、間違いなくホストに見える。
「それでね、うちの嫁さん、僕がスーツ着るの嫌がるんですわ」と言っていた。
「うちは、どっかの組の姐さんに似てるみたいやねんけど」と、いつか話したら、
「姐さんて、あっちの筋の?」と鏡に映る私の顔を見てから、「何や、判るわ、間違われんのも」とクックッと笑った。

この間、宴席で、「やくざの本妻は短髪や。丁度、ほれ、松尾さんみたいに。2号、3号は髪長いんや。これ、ほんまやねんて」と言った人がいた。
『そんな決まりはないやろに』と思った。が、一目でその筋の若い衆と判る人達に、時折、頭を下げられることがあるのは事実だ。

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2009年6月24日 (水)

大阪弁:『ご機嫌さんで』

窓の外で声がする。
向かいのお宅に、お知り合いの男性が立ち寄ったようだ。
「えらいすんまへんな。ちょっとその先の○○さんとこ寄ったら、居てへんかって。ほんで、悪いんですけど、これ、預かってもらおと思て」と男性は言った。
姿は見えず、声だけしか聞こえてこないが、頭を下げている姿が目に浮ぶ。

「ほな、預かっとくわ。それより、あんた、ご機嫌さんで」
向かいのおばあちゃんの声がする。
「元気にしてましたんやけどな、ハハハ」と照れ笑いも含めて男性は答えた。
「それやったら良かったんや」と言いながら、おばあちゃんは小荷物を受け取ったようだ。
手渡した男性は、「おおきに、ありがとございます」と礼を告げ、単車のエンジン音を響かせて遠ざかっていった。

久しぶりに出会った人に使う『ご機嫌さん』という挨拶の言葉を、年に何回聞くだろうか?
「少ななったなぁ~。滅多に聞けへんもん」と振り返る。
私にとって『ご機嫌さん』は、一抹の寂しさも覚える言葉になってしまった。

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2009年6月23日 (火)

恐ぁ~て、イタイ、おなごはん

40代の女性でも、平気で「うまい!」というこの時代。
その言葉を聞く度に、「なんで、美味しいと言われへんのや」とムカッする。

「気ぃ鎮めな(=気持ちを落ち着かせよう)」と思うときは、亡くなった祖母や可愛がってくれた人達の“明治時代に生まれ育った人達の言葉”を思い出すのが、私には一番合っている。
「うまいやなんぞと、女子(おなご)が使うもんやない」
「美味しいと一遍言うとぉみ」
「イト、さっ、ゆうとおみやす」
こんな言葉を繰り出して、在りし日の声や姿を浮かべ、ほっと一息つく。

しかしながら、「うまい」よりも、更に「ちょ、ちょっと、お宅さん、それはあんまりやろ」と思う人に出遭うこともある。
食事のことを『エサ』という人だ。
「この前行った旅館のエサが」という女性。
「うちの人にエサを与えないといけないから」と言う女性もいた。
年齢はそこそこいっており、私が出会った女性達は60歳を超えていた。
聞いた瞬間に、『うわっ、恐ぁ~て、イタイ人やなぁ~」とゾワッとした。

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2009年6月21日 (日)

下ネタ好きの男性

どんな話題も下ネタになる男性がいる。
『固い』や『太い』の単語に、『息子』と出たら、「待ってました!!」とばかりに、「僕の息子も」と下半身の話に持って行く。

私の周りで、このタイプは50代以降の男性に多い。
『本気で言うてはんのやない。そやけど、度が過ぎて、こういう人、うちは敵わん』と、下ネタに走る男性の顔を見る。

一旦見てしまうと、こちらも次々に言葉が浮んでくる。
『受け狙いの話やと判っていても、不愉快になりまっせ。お宅さん、それが判りまへんか?』
『下ネタ連続トークをしてみても、この場はいっこも和めしまへんで』
この辺を思っている時は、少々不快な表情が出てしまう。

『なぁて、ちっとは空気読んでぇな』
『おっちゃん、おっちゃん、もぉ、やめときなはれ』
ここまでくると、呆れ顔になっているのが自分でも判る。
浮ぶ台詞を口に出したことはことはないけれど、心の中では色々と言葉を吐いている。

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2009年6月18日 (木)

電話を掛ける時間帯

高齢者が身内にいると、朝早くかかってくる電話にはドキンとする。
午前8時を回った頃、母から携帯に電話がかかってきた。
着信名を見た瞬間に、「おばあちゃんになんぞあったんや!」と思ったが、特別な用件ではなかった。
安堵した。
何しろ、祖母は97歳だ。「いつ何が起こったかて、おかしない」のである。

24年前の朝、電話が鳴った瞬間に、『おじいちゃん、逝てしもたんや』と思った。
予感は的中し、祖父は自宅で心臓発作を起こして、呆気なく亡くなった。

そんなこともあって、夜型生活の私は、午前9時を回るまでの電話のコール音には、ドキッとしてしまう。
「人さんに電話をする時は、そのお人に合わせて、時間を見てから掛けるよにしょ」
日常生活で、心に決めている事の一つだ。

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2009年6月17日 (水)

ポッドキャスティングの登録者、21740人を超えましてん

5月6日に『ポッドキャスティングの登録者が、20500人をこえましてん』と書いてから、一月(ひとつき)と十日余りが経ちました。
有難いことに、現在の登録者数は21740人を超えました。

この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。

情けの通う大阪弁を残しておきたいと、そんな思いで始めたポッドキャスティング。
「こないして、今日も"聞いたろか"か思てくれるお人がいてるのは、ほんまに幸せなこと」

登録者数の増えるのを見て、幸せを噛みしめるちゅうのも現金な話ですけど、正直な気持ちです。
皆さん、おおきに、有難うございます。

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2009年6月16日 (火)

他人の粗(アラ=欠点)

他人の粗(アラ=欠点)に目がいくことはよくある。
「あんた、よぉ言うわ。自分かて、悪いとこ仰山あるやろ」と言われれば、
「へぇ、ほんまに、その通りでおます」と返すしかない。
至らない所は山ほどあって、「他人のアラに目ぇがいく前に、自分のこと、よぉ見てみ」と自身でも反省する。

それでも、「ここ、こない直したら、もっと塩梅いくのに」と思う人に出遭うと、『勿体ないないなぁ~』と、つい考えてしまう。
「ここ、こない直したら」と言うのは、ちょっとした言い様(よう)であったり、振る舞いであったりで、その人の魅力を上げるか下げるかに関わってくる。
けれど、大概は言わない。
かなり年下で、余程、「この子、根ぇが素直やな」と好感を持つ人物でないと、「こない言うた方が、相手にやんわり伝わって、お宅の印象もええよに残ると思うけど」とは伝えない。

伝える際は、『お節介やわな』と思っているのである。
それでも『お宅さんの持つええとこ、生かしたらよろしがな!』と、相手を見た上でどこか感じる“歯がゆさ”も手伝って言ってしまう時も、年に何遍かある。

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2009年6月12日 (金)

おくり人とお茶の子

母から、近況報告の電話がかかってきた。
数分間話した辺りで、急に亡くなった松尾の祖父の事が話題になった。
「そない言うたら、おじいちゃんのそぉれん(葬礼=葬式)の折は、仰山、人来てくれたさかい、お茶の子が足らんだらあかんと、それが気になって」と思い出したようだ。
話を聞きながら、『“お茶の子”も使わん言葉になったわ』と感じた。

お茶の子とは、<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にも、『茶うけ。茶菓子。転じて、仏事供養の配り物をいう』とある。
つまり、見送りに来て下さった方に、喪主側から心ばかりの品を用意して渡すのである。

「生きてる内は判らんかったけど、人が泣いて見送ってくれるやなんて、おじいちゃんのこと、見直したわ」と、母は思いを込めて言った。
舅が逝って25年経っても、母の中には、かなりの数のお茶の子を配り終えた達成感と、舅の善き所をとんだ所で気付いた喜びがあるようだった。

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2009年6月11日 (木)

鼻につく自己紹介のプレゼン

例えば、自己紹介は、自分の価値を相手に伝えるための立派なプレゼンだ。
私の場合なら、「うち(=私)の売りはここですねん」と相手に判りやすく伝えて、
「ほな、一遍つこたろか(=使ってやろうか)」という気にさせる必要がある。

過日出会った男性は、自己紹介のプレゼンを、「こうしたらウケル」と思い込んでいるようだった。
街角で出会ったその男性は、「こんなとこで出会うとはな。僕は、病院からの帰りで」と言った。
年齢は60代で、人からはずっと「先生」と呼ばれてきた。
「どこかお悪いのですか?」と問いかけると、「ここ」と自分の頭を指した。

男性がこうすれば、大概の人は、「まぁ、せんせ、そんな事、よぉ言わはるわ。せんせみたいに賢い人が、ここ(頭)やなんて。ホホホホホ~」と返してくれるのだろう。
『そない言うて持ち上げて欲しいのがミエミエで、うちは、そんな事、よぉ言わんわ』
にこやかに頭を指さしている態度が鼻につき、「お帰り、お気をつけて」と頭を下げてその場から離れた。

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2009年6月 9日 (火)

大阪弁:『なずる(撫ずる)』

今年で51歳になる私は、5歳まで同じ年頃の子供達と全く遊んだことがなかった。
明治生まれの祖父母をはじめ、周りは大人ばかりだった。
言葉の数は、喋りかけて貰った小児語よりも、大人達の間で交わされる古い大阪弁の方が記憶に残っている。

文字は、案外早く読めるようになっていた。
毎日、新聞の隅から隅まで読む祖母の側で、「この字ぃは?」と指しては、「それは“ま”や。“まつお”の“ま”や」と教えて貰った。
『読む』が先行していたが、その内、祖母が、「字ぃをなずったら、書けるよになるで」と言うので、少し大きく書かれている文字を見つけると、ボールペンでその上をなずる(撫ずる=なぞる)時期が続いた。

「“なずる”という言葉も、とんと(=全然)聞かんよになってしもて」
一人遊びの続いた幼少期を思い出すと、古い大阪弁が次々に出てくる。

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2009年6月 7日 (日)

書いたもんさえ交わしてくれぬ在阪物書き事情

亡き祖母は、明治生まれで、「いかんもん(駄目なこと)は、いかん」と、はっきり言った。
40数年前は、まだその祖母もしっかりしており、町内や親戚の人達から相談を持ち込まれることが多かった。
「おばさん、まぁ聴いて」
「いそがしのに、えらいすまんこって」
こんな言葉が先にあって、
「実は、その……」と、相談に来た人達は本題に入った。

えらく揉めている話の時は、「そやけど、あんさんかて、そんな大事なこと、一筆(いっぴつ)とっておかなんだらあかんがな。なんちゅうても、書いたもんが物言うさかい(="いざとなったら、書面にしたものが証拠になる"の意味)」
当時、おませな小学生だった私は、漏れ聞こえる大人の話から、「一筆とる」や「書いたもんが物言う」という言葉と意味を覚えた。

ところがである。
在阪の物書きは、この『書いたもん』=『契約書』を交わして貰えない。
「口約束だけのこの世界で、今まで泣いたことは、何遍あるかしらん?」
数えるのも腹が立つが、これが在阪の物書きが置かれている現状だ。

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2009年6月 4日 (木)

“昼下がりの情事”、みたいな

ラブホテルは、神社の近くにあることが多い。
大阪 ミナミに近い高津神社の近くを歩いていた。
途中で、50代の男性と、『若作りはしているけれど、う~ん、40は超えてる』と見える二人連れと並んで歩くことになった。

二人は手を組み、いかにも慣れ親しんでいるように振る舞う。
が、それが却って“今日、初めておうた(会った)”と私には感じられる。
『この何とも言えん微妙な距離感。“昼下がりの情事”と呼ぶほどの、甘さも切なさも、いっこも感じへん』

交差点で信号待ちをしている間、男性は大きな買い物の話を女性に振った。
女性は小躍りして、「まぁ! それは良い買いもんですわ。うわ~ッ、最高ですねぇ~、ヒャァ~」と叫んだ。
『これも、ビジネスマナーなんや』と、感心した。

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2009年6月 3日 (水)

梅雨に雷、ゴロゴロサン

雨の日が好きだ。
「もうすぐ梅雨やて。またジメジメした日ぃが続いて、いやんなるなぁ」
周囲では、こういう声が聞こえるが、
「うち、この季節が好きやねん」
と言う。

昭和40年代に入る少し前だから、私は5.6歳になっていた。
祖父母は、雷が鳴ると居間に蚊帳(かや)を吊ってくれた。
「ほぉれ、ピカッと光った!」
「ゴロゴロサン(=雷さん)がお臍とりに来るわ。はよ(=早く)、蚊帳に入り、入り」
急かされるのも楽しかった。

梅雨に雷。
「いつまでも思い出すもんやなぁ~」
そんな事を、天気予報図を見ては思っている。

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2009年5月30日 (土)

ビジネスマナー:プロ意識

うち、自分のことを『ライター』と呼ぶのは嫌ですねん。
なんちゅうても、『自称 ライター』ちゅう人らがぎょぉさん(仰山=沢山)いてまっしゃろ。
どっかで、そういう人らと一緒にされとうないと思てますのやろな。

「何様のつもりや!」
そんなお叱りの声も聞こえてくるようですけど、プロ意識の薄い“自称 ライター族”とは線を引きたいのが正直な気持ちでおます。

こんなことがおました。
仕事の初顔合わせで、複数のライターが集まった部屋でのこと。
まだ先方の担当者は着席してまへんけど、部屋に入ったら、仕事モードでっしゃろ。
そやのに、目の前でガムをクチャクチャ噛み続けるお人には、「あんさん、ええ加減にしなはれ」と、おつむテンってしてやりたいくらい、腹立ちますわ。
うちが50歳、そのお人は30代後半からひょっとしたら40代かもしれまへん。
プロ意識ちゅうもんは、行動に出ましゃろな。
自称 ライターか、色んな仕事をこなしてきはったライターかは知りまへんけど、うちはこの人見て、「やっぱし(=やっぱり)プロのレベルやないわ」と思いました。

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2009年5月29日 (金)

大阪弁:飴ねぶらすよなことしてから

「まぁ、なんちゅうても、えげつない人やな」
商売人の間で、こんな言葉で評される人は、大抵はお金に汚い人である。
値切りようが余りにもきつかったり、支払いを中々してくれなかったり、「あんさん、それは、あんまりでっせ」と言いたくなるような人だ。
言う方は、「えげつない人」と嫌味も皮肉も全てごちゃまぜにして、この一言で気持ちを吐き出して落ち着く。
腹立ちも入っているのだが、「誰ぞに言うたら、ちっとましかもしれん」の思いもベースにはある。

けれど、「ほんまに、あの人いうたら、飴ねぶらすよなことしてから」と言うと、腹立ち一杯だ。
<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にもあるように、『アメネブラス【飴舐らす】少しだけ利益を与えて大きな働きをさせる』と記載されている。
思い起こせば、「この言葉は、あの人のためにあるよなもんや」と感じる人が複数人いる。そんな現実を思うと、何とも嫌な気持ちになる。

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2009年5月27日 (水)

『天地人』の与六のような3才児

NHK大河ドラマ『天地人』の与六の名台詞と言えば、「わしはこんな所へ来とうはなかった」を思い出す。

この間、母が、「あんたも小さい頃は、大人顔負けに喋る子ぉやと言われてきたけど、その上手(ウワテ)いく子ぉがいてる」と教えてくれた。
その子、拓巳君(仮称)は3歳、今春から幼稚園に通っている。
おじいちゃんは「“山之内モータース”(仮称)という自動車修理工場を経営しており、拓巳君は、おじいちゃんも自動車修理の仕事も大好きだ。

幼稚園に通い始めて1ヶ月ほど経った頃、母が、「拓巳君、幼稚園どない?」と尋ねた。
すると拓巳君は、おじいちゃんが話す時の仕草そっくりに腕を組み、和歌山弁で「それがよぉ、僕はあんなとこ、行きたいなかったんよぉ。“山之内モータース”に勤めたかったんよぉ~」と答えた。
「まぁ、何から何までおじいちゃんとそっくり」と母は思い出す度にケラケラと笑う。

おそらく母の頭の中では、おじいちゃんと同じ言動の拓巳君が、おばあちゃんと同じ言動をとった私の小さな頃に重なるのかもしれない。
私は母と違って、拓巳君と与六が重なって仕方がない。

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2009年5月26日 (火)

ビジネスマナー:最低限のルール、メールの住所記載

メールを送るときには、必ず
・氏名&読み方
・〒&住所
・TEL&FAX&メールアドレス
・携帯TEL
これだけは、きちんと書いておく。

ところが、名前だけしか書いて送ってこない人がいる。
プライベートのメールと違い、仕事に関連する場合、初メールで"名前だけしか書いてこない人"には、イメージダウンも甚だしい。
「大概にしてや(=ええ加減にしてや)」と、相手の仕事への取り組みようさえ疑ってしまう。

「受け取る身ぃになってみぃな。初めてのメールは名刺交換も同じやろ。その時、名前しか書いてない名刺もろても、『はぁ??』と思うやろな。お宅さん、それとおんなし(=同じ)こと、してなはんのやで」と、そんなメールを見る度に溜息が出る。

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2009年5月24日 (日)

大阪弁:『騙くらかす』

もう滅多に聞くことのない大阪弁なのに、ふとした拍子に口から出てしまい、「あれ? 言うてしもた」と、自分でも意外に感じるときがある。

オレオレ詐欺の被害を、テレビや新聞で見る度に、「こんな、人(ひと)、騙くらかす(だまくらかす)ことして!」と怒りがわいてくる。
『騙くらかす』とは、「騙す」と同じ意味だが、ニュアンス的には単に「騙す」と表現するよりも、「騙す」行為を強調している。

「音かて、“ダマス”より、“ダマクラカス”の方がきついわ」
二つの言葉を代わりばんこ(=交互)に言ってみると、たしかに『騙くらかす』の方が憎々しく響く。
自分で言っておきながらも、余り使いたくない言葉だ。

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2009年5月16日 (土)

大阪弁:『気にしぃ』と『ええかっこしぃ』

大阪弁の『気にしぃ』とは、どんな事柄でも
「あれで良かったやろか……いや、ええことなかったかもしれん。けど、そんなこと言うたかて、今更遅いし。あぁ、どないしょう」
こんな風に、クヨクヨする人のことを言う。
言い換えれば、『神経質な人』と表現できるだろうか。
しかし、『神経質な人』よりも『気にしぃ』の方が、ゴチャゴチャ言いながらも可愛げがあると感じる。

他に、“○○しぃ”の形では、『ええかっこしぃ(=良い格好をする人)』というのもある。

『気にしぃ』も『ええかっこしぃ』も、言う側の気持ちには多少の皮肉を含んでいる。
それでも一旦、
「ほんまに、気にしぃやな」とか、
「ええかっこしぃで、敵わんわぁ」
と口から出てしまえば、その人物を全否定するわけでもなく、「そない言うてもええとこもあるんやけど」の雰囲気を残す。
これも、大阪弁の持つ不思議な力かもしれない。

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2009年5月14日 (木)

せこおまっせ、議員パス私的旅行

けちくさい行為を、大阪弁では
・せこい
・みみっちぃ
・意地汚い
とも言う。
他に、「他人の褌(ふんどし)で相撲とるよなことしてから」と揶揄したりもする。

朝日新聞 (5/13 夕刊)に載っていた『鴻池官房副長官 辞任』の文字が目に入った。
その文字の下に『議員パス私的旅行』とあった。
「なんとまぁ~!!」と呆れて、『せこい』・『みみっちぃ』・『意地汚い』と3連発で言葉が浮んだ。

次に出たのは、「これでは議員パスは、死に金もおんなし(=同じ)や」だった。

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2009年5月13日 (水)

先ずメールちゅうのも難儀なもんです

「明日の夕方、内(うち=家)に居てる?」
もう少し丁寧な大阪弁にすると、
「明日の夕方、うちに居てはる?」
更に丁寧な大阪弁では、
「明日の夕方は、うちに御居なはる(おいなはる)かい?」
となるが、もうこの言い方は殆ど聞かなくなった。

携帯電話が普及するまでは、こうして会話を通して、相手の状況を知るのが常だった。
けれど、今は先方の都合を尋ねるのは、先ずメールだ。
携帯を使っても、直接会話をするまでに、「今、話、できる?」とメールを飛ばしてからというのも多くなった。

ビジネスの場合、「一度、お目に掛かりたいのですが」と申し込むのもメールで、しばらく待って届く返事もメールだ。
先方と顔を合わせるまでに、案外と時間がかかる。

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2009年5月12日 (火)

もっさりした引き際の小沢さん

「へぇ~、小沢さん、辞めはんの」
辞任を発表する民主党の小沢代表の姿が、テレビに映っていた。
「今頃とは、えらいもっさりしたこと」
画面に向けて言ってしまった。

『もっさり』とは、大阪ことば事典:牧村史陽 編 講談社学術文庫にも、【不粋。野暮くさい。ぱっとしない。映えないこと】と載っている。

政治家は、自らの辞任行為を自画自賛するのが常だ。
小沢さんも案の定、思った通りの言葉が並んだ。
「もっさりにもっさり重ねたかて、なんにもならんで」
何の感情もわかないまま、テレビのスイッチを切った。

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2009年5月11日 (月)

森光子さんのご挨拶

「ほれ、あの話」と切り出せば、
「あの話って、何の話やねん」と問い返される。
こんな光景は、年齢が上に行くほど多くなる。

「あの話って、そや、あの時、あそこで話したやろ」
娘が相手だと、会話に『あの』や『あそこ』と代名詞が並び、少しも具体的な名詞が出てこない。
「あの時って、いつ?」
と言われても、直ぐに出てこない。
記憶を辿るのも全部口に出してしまわないと、なかなか結論まで達しない。
「あの時って……え~っと、ミナミへ買いもんに行って、その帰りに、ちょっとお茶飲もかって言うて、ほんで、あそこや、あそこ、大丸のねき(=側)の道をツーッと入ってちょっと行ったとこのケーキ屋さんで」と、こんな調子で喋っていると、
「あぁ、あの時な」と娘もやっと思い出す。
これでは肝心の話に至るまでに時間が掛かりすぎる。

森 光子さんが89歳で、『放浪記』公演回数2000回を迎えた事が話題になっている。
それよりも、カーテンコールでのご挨拶が、真に人柄を表し、かつ短くて要領を得た話し言葉に、「うち(私)の代名詞オンパレード会話を、なんとかせなあかんわ」と思った。

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2009年5月 6日 (水)

ポットキャスティング登録者数が20500人を超えましてん!

お陰様で、ポットキャスティングの登録者数が20594人となり、「ほんまに、なんとまぁ有難い」と、ここに改めましてお礼申し上げます。

4月の【今月の登録者数】は917人。
【月間総合ランキング】は、カテゴリー部門を問わず順位が出るんでおますけど、ここで98位。

アップできる容量が40MB→1MBに激減してから、「それまでみたいに更新できへんさかい、どなしたもんやろ……」と、悩んだまま今に至ってますねん。
「おおきに、おおきに」と「すんまへん、この状況を、どうぞ堪忍しとくなはれな」の言葉が、ずーっと代わりばんこに出てきます。
ただただ、湧いてくるのは感謝の気持ちでおます。

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2009年5月 3日 (日)

大阪弁:きたのぉ働いてきれぇに暮らす(汚のぉ働いて綺麗に暮らす)

① 自分のことにも厳しく、他人にも厳しい人がいる。
② 自分には甘く、他人には厳しい人がいる。

見ていて見苦しいのは、
② 自分には甘く、他人には厳しい人
である。
殊に、お金に関することで人の本性は剥き出しになる事が多い。

大阪弁には、『きたのぉ働いてきれぇに暮らす(汚のぉ働いて綺麗に暮らす)』という諺がある。
「どんな職でも懸命に働いて、自分の暮らしは質素にし、出るお金を切り詰めて蓄え、世間に、あるいは他人の役に立つ事なら、お金はケチらず出し惜しみをするな」ということだ。
「品よぉ生きるんは、ほんま、こう言うことやわ」と思う。

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2009年5月 1日 (金)

夫婦道:夫磨き

76歳の父は、数年前から透析を受けている。
明るく、実直な性格の父は、同じ部屋で透析を受ける女性陣に人気があるようだ。
「お父ちゃんいうたら、毎日誰ぞから、なんやかんやと物もろて帰ってくる」と母が言っていた。

父が注目されていると知った母は、かつてないほど父の服装を気にした。
「今、お父ちゃんが人に見せる格好はパジャマ姿が多い。これは気張らな。みっともないもん着せられへん」と、バーバリーにダンヒル、イヴ・サンローラン等々、今まで父が着たこともないブランド物を着せ始めた。

「今日も○○さんが、あれっ、松尾さん、ええ柄のパジャマやこと! 奥さん、選らんでくるの? まぁ、ほんまに趣味ええなぁ~って褒めてくれたんや」
透析を受けて帰宅した父は、臆面もなく母に一言一句そのままに報告する。
母は「フフフ」と父の言葉に頷き、『磨いたら磨いただけの事はあるわ』とご満悦である。

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2009年4月29日 (水)

短縮と重複の大阪弁

大阪弁は短縮して言う言葉が多い。
地名なら、谷町4丁目は“タニヨン(谷四)”、同じように谷町9丁目は“タニキュウ(谷九)”、上本町6丁目は“ウエロク(上六)”と呼んでいる。

おうどん屋さんに入れば、きつねうどんは“きつね”で済む。
まれに、今は殆ど聞かなくなった“けつね”と発音する人もいて、そんな声を聞いたら『おぉ~』と心の中で感嘆する。

「みじかなったんは(=短くなったのは)、いらち(=慌ただしい人)やさかいやろか?」と考えたこともあった。
しかし、“レイコー(冷たいコーヒー=アイスコーヒー)”の例を思うと、「一声で用が足りたら、ええのとちゃうか」と、そんな考えも生まれる。

「いや、短縮好きやねんけど、重ねて言うことも多いわ」と気付いた。
「おおきに、おおきに」や「あかん、あかんて」「堪忍(かんにん)、堪忍」
こんな風に、感謝や否定、謝罪など、自分の思いを伝えたい時は同じ言葉を重ねて、より強調する。

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2009年4月24日 (金)

大阪弁:性根(しょぉね)を入れる

大阪 環状線に乗っていた。
向かいに座る60代の男性が、隣りの知人に話しかけていた。
「おい、おまえんとこ、性根(しょぉね)入れた事あるか?」と問い、
尋ねられた知人の男性は、「ショォネってか?」と首を傾げた。
「根性という字ぃの逆さに書くのやがな。性(せい)書いて、根っこや」と文字の説明をしたが、相手は「??」の顔をした。

仏壇や供養や、お寺さんと単語が出ていたので、『新しいお仏壇か、お墓に“お性根”入れてもらうのやろか』と思った。

『性根(しょぉね)』という大阪弁は、「根性」とか、時には「気持ちを込める」に近い意味を持って使われる。
例えば、「仕事中にボーッとしていたら、『性根入れて仕事せぇ!!』と大将(=雇い主)に叱られてしもて」と、こんな風にも使う。
しかしながら、電車の中で聞いた「性根入れる」は、「御魂(みたま)を入れる」という意味だ。
この時は、「性根(しょぉね)」や、“お”を付けて「お性根(おしょぉね)」とも言う。

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2009年4月21日 (火)

大阪人はサウナ好き

以前、テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』で取り上げられた話題に、“大阪人はサウナ好き”というのがあった。
そう言えば、出会う度に、「さっき、サウナ行ってきてん」と口にする男性がいる。
こちらは、『言わんでもええのに』と思ってしまう。

『なんでわざわざ言うねんな』とゲンナリする事が多いのは、この男性の言うときの態度にあるのかもしれない。
たしか80も半ばを過ぎているはずだ。
色つやは申し分ないのだが、品に欠ける。
『まだまだ体力あんのやと言いたいのやろなぁ~』と感じて、その自慢気な表情が鼻に付く。

「さっき、サウナ行ってきてん」の言葉を聞けば、決して口には出さないが、条件反射のように『それがどないしてん』と心の中で返している。

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2009年4月20日 (月)

ビジネスマナー:壁に耳あり、障子に目あり

ある事務所に入っていった。
正面が受付で、受付の後方に来客用の部屋があり、受付の横には経理部の部屋がある。

偶然、来客用の部屋に、この会社の責任者の姿がチラッと見えた。
携帯電話を使い、大きな声で部下とやり取りをしている。
『お金にまつわることみたいや……』
漏れ聞こえる話の内容で、そう思った。
声から伝わる様子で、かなり苛立っているのが判る。
景気の良い話でないことも察知でき、「今日は、ご挨拶なしにしょ」と決めた。

帰り道に、「人に聞かせたない話やさかい、わざわざ社員の居てへん別室で、携帯電話で話を始めたんやろけど、あの場所ではまずいわ。来客者にも、社内の人間にも筒抜けや」と思った。
『商いは牛の涎』と教えてくれた明治生まれの祖母は、「壁に耳あり、障子に目あり。喋る事と場所は、よぉよぉ気ぃつけなあかんで(=特に気をつけないといけませんよ)」とも言っていた。

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2009年4月18日 (土)

ストレス発散法

ストレスの発散方法と言っても、人には夫々のやり方がある。

私の場合、とにかく料理を作り続ける。
作った尻から(=次々に)、タッパーに詰める。
1時間もせん内に(=1時間も経たない間に)、6~7品は完成する。

この時間は、料理の事だけしか考えていない。
材料を刻む、炊く(=煮る)、炊いる間にまた刻む、炒める、和える、焼く、揚げるなど、タッタカタッカ進めて、ドンドン仕上げていく。

出来上がった煮物、炒め物、揚げ物、和え物や焼き物を入れたタッパーを積み重ね、心地よい疲労感を覚えたら、スッとする。

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2009年4月17日 (金)

ビジネスマナー:気遣いのある連絡連携

プレゼント用にネクタイを選んでいた。
入ったお店は大きかったが、「ここにはネイビーしか置いていなくて。他の色もあるんですけれど」と言う。
すぐ近くのデパートにもこのブランドは入っていたので、「向こうのお店に、ブルー地色の物がないか尋ねて頂けませんか?」と伝えた。
幸い、デパートの店内店舗に欲しい色があるの返事を受けて、「これからそちらに回ります。尋ねてもろて、おぉきに。お世話様でした」と店を出た。

この店と目指すデパートまでは、歩いて300m程しか離れていない。
移動は難なく済み、欲しい物を手に入れた。
ついでに、さっきまでの経過を説明した。

こんな話を聞いた。
ディズニーランドで、あるお客さんが、「お水が欲しいのだけど」と園内で働く人に尋ねた。
「お水でしたら、その先のポップコーン売り場にあります」と答えた。
そこに向かったお客さんは、到着して驚いた。
「お水をお探しのお客様ですね」と、先程尋ねた人から連絡を受け、ポップコーン売り場の人はすでに用意をして待っていてくれた。
この対応を受けた人は感激して、ペットボトルの水と、それからポップコーンも買ったという。

気遣いのある連絡連携が出来ている所と、いない所。
「お客さんの印象は、月とスッポンほど違て(ちごて)くるのに」と思う。

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2009年4月16日 (木)

ボン(坊ちゃん)、辛いわなぁ

スーパーを出た所で、店内から出口に移動しながら、なおも泣き続ける男の子が気になった。
「ここ来たら、いつもそんな事言うて」と、幼稚園の制服を着た男の子が、母親に叱られていた。
「エェ~ン、エェ~ン」と泣く男の子の直ぐ後ろに、同じ制服を着た弟がトコトコと歩いてくる。
『年子か、それとも2つ違いやろか?』と思った。
母親は険のある(=表情が険しい)顔で、長男に厳しい言葉を吐く。
この子が何を言ったのか、それとも強請(ねだ)ったのか判らない。
が、最後の「それでも男の子ぉか!!」の母親の言葉が、胸に突き刺さったのだろう。
途端に、「ウォォ~ン、ウッ、ウッ、ウォォ~ン」と泣き声が変った。

どこのお宅でも、下の子は要領が良い。
嗚咽の長男に向かって、次男は調子よく「女の子みたいや」と言った。
長男は「ウッ、ウォォ~ン、オォ~ン、ウッ、ウッ」と泣いて、悔しさを堪えているように見えた。
『ボン(坊ちゃん)、辛いわなぁ』
遠ざかって行く小さな肩が、嗚咽の度に揺れていた。

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2009年4月13日 (月)

ビジネスマナー:紐付き名札の扱い

お昼時に、大阪 本町界隈を歩いていた。
オフィス街の通りに、人がドッと出てきた。
殆どの人が、首から紐を垂らし、名札をぶら下げていた。
紐は首に掛けたままでも、名札だけを胸ポケットに入れている人は、目にした会社員の中で一人だけ。
多くの人は、紐の先に揺れる名札をヒラヒラさせながら、社外を歩いていく。

「社員証や名札は、見せなあかんとこで使うもんやろ。見せんでもえぇとこやったら、外すか、せめて名札だけでもそっと隠す方が品よぉ見えるのに」
行き交う人の胸の辺りで、絶えず動く名札が気になる。

胸ポケットに名札を裏返して入れていた会社員は、“場を弁えている(わきまえている)”と、好感が持てた。
「“社外での休憩時間の名札の扱い”も考えてみたらどない? ちょっとした事で、人の株は上がりも下がりもすんのになぁ」と思う。

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2009年4月12日 (日)

お蔭さんで

何でもない会話が、ほっこりとした気分にさせてくれる。

近所の交差点で信号待ちをしていた。
すぐ横に、70代後半に見える女性が立った。
その直ぐ後で、後ろから「あれ、○○さん」と声がした。
隣りに立っていた女性は振り返り、「まぁ、ご機嫌さんで」とにこやかに答えた。
「どこ行かはんの?」と、二人ほぼ同時に尋ねて、互いにクスッと笑った。

後から来た女性も70代後半に思える。
その女性が、「あんたとこも、もぉ心配いらんなぁ。皆、あんじょお(上手く)いってなはんのやろ?」と尋ねると、先にいた女性は、「お蔭さんで」とゆっくりと返事をした。

先にいた女性も、その後に来た女性も、大阪に住むごくごく普通のおばちゃんだ。
間ぁといい、言葉といい、実に優しい雰囲気が傍にいても心地よい。
街中で出会う会話では、「声のボリューム考えて喋ってぇな」と嫌な思いをすることが多くなり、こんな心和む会話に出くわすことは珍しくなった。
『有難うございました』と、話を続ける二人には見えないすぐ横で、頷きか会釈か判らないような形で頭を下げた。

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2009年4月11日 (土)

見返りを求めへん女

ある時、そこそこに女遊びもしてきた後期高齢者枠の男性達とのお話だ。
夫々がお付き合いをしてきた女性は、見返りを求める人が多かったようで、その話で盛り上がった。

「ところで、お前は、どんな風に思てんのや?」と話を振られたので、
私:「好きな人が出来て、その人が、もしもスポーツ選手なら、うちと付き合うて記録がよぉなったら“嬉し”と思います」
A氏:「ほんで、えぇもん買うて貰うんやろ?」
B氏:「そら言うやろ。私がいてたさかいやとか言うてやな、まぁ、その、ご褒美頂戴みたいに」
私:「なーんにも言いません。うちの心の中で“良かった”と思うだけです」
C氏:「そんなことないわ。その時言わんでも、後から、バッグとか指輪とかと言うんとちがうか?」
私:「バッグも指輪も、欲しかったら、自分で買います」
A氏:「ほな、何を求めんねん」
私:「見返りは、はなから(=最初から)求めてのぉて……付き合うたその人が、どんな形でもよろしねん。例えば記録を伸ばすなり、商いでも新し展開を考えたり、学者なら研究に励むなり、今までよりもやる気になってくれたら、それがうちの喜びで、それでよろしねん」

50を過ぎて、「尽くすタイプのうちは、生き方上手やないなぁ」と、つくづく思う。
けれど、そう生きてきた事に後悔はないし、また「そんな生き方しか出来へんねん。しゃぁないわ」である。

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2009年4月 7日 (火)

深い話:可愛げのある人間になりや

小さな頃から可愛がってくれる滝川のおばちゃん(仮名)は、深い話をしてくれる。
80歳を過ぎて、入退院を繰り返しているので
「おばちゃん、体の具合、どない?」
この言葉が、おばちゃんとの会話スタートになってしまった。

この間、「成美ちゃん、あんたね、人の役に立つ人間になるには、可愛げのある人間やないとあかん」と話してくれた。
「そういう人は、色んな人に可愛がって貰えるのや。それがな、やがて人の役に立つ人間にしてくれる(=成長させてくれる)」
元気な頃に競べると、声はか細かったがズシンと胸に響いた。
「ええかい。人に優ししぃ(優しくしなさい)。忘れたらあかんで」

50歳を過ぎて「うん」と答えるのもおかしいが、おばちゃんの前ではいつまで経っても幼子同然だ。
「うん」と頷くのを確認してから、
「ほんで、優しさの他に、(自分を)売るもん持っとき」と、きっぱりと言った。
「これはちゅうもん、持っとくんやで」と念押しがあって、
「売るちゅうても、体やないで」と笑った。

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2009年4月 1日 (水)

人の世は住みにくいもんで

不況になって、尚更思う。

例えば、直面している問題にピントの外れた考えをし、そこに固執している人に出遭うと、
① 「何言うてんねん」と、ムカッとする。
② 「状況把握もしっかりできんとは、しゃぁないなぁ」と、諦める。
③ 「お宅さん、そのままでいかはったらよろしやん」と、知らん顔をする。

結局は、「うちは、ここの経営者でもなければ、株主でもないし、役員でもないねん」という思いで、腹の立つこと、溜息の出ることに、ムシャクシャしながらも終止符を打つ。

「ほんまに漱石せんせ(=先生)のおっしゃる通り」と、『草枕』の一文が口をついて出てきた。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
言えば少しは楽になるかと思ったが、そうでもなかった。

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2009年3月30日 (月)

女性の思考回路:あっちこっち飛ぶ話

「女の話は、突然変わるやろ」と、先日、ある方に言われて気が付いた。
そう言えば、仕事で出会う女性の中にも、Aの話からBの話へ、Bの話をしていると思っていたら、急に何の脈略もないCの話へ移る人もいる。
話し終わって、「今日のお話しは、一体、A・B・Cのどの話が重要で、うち(=私)に仕事依頼したいのは、どの話なんやろ??」と考えあぐねる。

「女の話は、突然変わるやろ」と言ったその方には、「女性は、分断的な思考ということですやろか?」と問い返した。
「うん、そやな」と頷いて、「分断すんねんな」とまた首を縦に振った。

女性の思考や話は、たしかに分断型のように、あっちこっち(=方々に)好き放題に飛んで行くことが往々にしてある。
「そやけど、喋ってる人の中では、ぜーんぶ繋がった話やと思てることが多いねんなぁ」と振り返る。
「そんな喋り方するお人は……」と思うだけで、瞬時に複数人の顔が浮ぶ。
軽い溜息が出た。

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2009年3月26日 (木)

不快から笑いに変わる嵌るフレーズ

仕事で、偶には、若い女性のいる職場に出向く時もある。
「○○さん、これコピー取ってきて」と上司が言えば、
「はい、了解です」と、若い子が愛想よく答える。
『あ、あかん。ここでわろたら(笑ったら)あかん』
この「了解です」は、私の笑いのツボだ。
数年前に初めて聞いた「了解です」には、ひどく違和感を覚えた。
『ちょっと、ここは軍隊とちゃうがな。なんで了解やねん。“はい、かしこまりました”とか、“承知いたしました”とか言われへんか?』と思ったものだ。
ところが、幾度も耳にすると、「うちの(私の)嵌るフレーズが出た! 笑いのツボ、ここで押さんといてぇな」と変化した。

男性では、例えば、「これこれ、こういう事だと私は考えます」と意見を言えば、
「おっりゃる通り、おっしゃる通り」と、必ず二度繰り返す人がいる。
こういう人に出遭うと、『笑いのツボ、直撃やわ』と吹き出すのを堪えるのが苦しい。
この言い方も、当初は、『おっりゃる通り、おっしゃる通りと言わはるけど、あんさん、そない言うほど話の中身を聞いてはらへんやろ』と、少々腹が立っていた。
けれど、回を重ねると、今はもう“笑いのツボ”と化した。

こうして、不快から笑いに変わる嵌るフレーズが増えていく。
何だかちょっと得したように思う。

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2009年3月15日 (日)

見たいTVがおまへんのや

物書きの仕事は、「企画を出してなんぼ」というところもある。

「あっ、こんなんどやろ?」
「そやそや、こないしたら、もっとよぉなる(好くなる)んとちがうやろか?」
企画案が浮んだ時は、おぉかた(大方)、こんな言葉で始まる。

新聞のテレビ欄を開いても、「見たい!」と思う番組がない。
「これでも見とこか~」とさえ思えない。

企画があっての番組作り。
「それが、こんな調子では」と、虚しさを覚えるのは、「うち(私)だけやないやろな」と思う。

時には、うるさい程の番組宣伝が繰り返されるものもある。
「またやってるわ」と、多少の煩わしさも感じるのに、期待だけは膨らむ。
それなのに、「大きな期待を胸に、TVの前に座ったうちが悪いのやろか」と、悲しくなるほど心が動かない作品が近頃は続く。

「ほんまに、見たいTVがおまへん」
いつの間にか、毎日思う事柄になってしまった。

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2009年3月 6日 (金)

確定申告に向かう“紅の豚”

まぁ、えらい雨ですわ。
そんな中、「確定申告、午前中に済ましとこ」と思て、税務署に急ぎましてん。

大阪のおばちゃんが自転車によぉ付けてる、自転車用傘立ては付けてまへんねん。
うちは傘を差して自転車に跨ることもでけしまへんさかい、今日のかっこ(格好)は、赤い雨合羽に赤いレインハット着用でしゃろ。ほんま、全身真っかっかですわ。

30年程前でしたやろか? 
地下鉄 御堂筋線に出没する“ミドリマン”と呼ばれるおっちゃんがいてたんです。
頭の先から足の先まで、緑一色のコーディネイトで乗車してくるご高齢の男性でおました。
うちも2回ぐらい遭遇して、「オォ~、噂のミドリマンや!」と、唯々びっくりしたもんでした。

今日のうちの出で立ちは、確かに目立ちますわ。警察官も立ち止まってこっちをチラッと見てましたよって。
繁華街で見掛けるチョット変わった人というのはいてはりますけど、雨の日はうちもそのお仲間。
ひょっとしたら、知らんとこで“謎の紅いおばちゃん”どころか、“紅の豚”と呼ばれてるのかもしれまへん。

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2009年3月 2日 (月)

不条理なお客さん

不条理なお客さんは、仰山(ぎょぉさん:沢山)いてる。
そんな場面に遭遇すると、「なんとまぁ」と呆れて、時には、不条理な物言いをしている人の顔を見て通り過ぎる。
おまけに、こういう事は日常生活の中で、「しょっちゅうでっせ」の状態というのが悲しい。

過日、おそば屋さんでのこと。
背後のおばちゃんの声は、結構大きかった。
「注文、なにさしてもらいましょ?」と、伝票片手に席にやってきたお店の人に、「汁、いらんねん」と言い出した。
「おつゆが多いとあかんのですか? それやったら、ざるそばは」と店の人が勧めた。
「ざるそばかて、汁、ついてくるがな」と言い返すおばちゃん。
「ほな、丼もんは?」の問いかけには、「あんた、それかて、味噌汁ついてくるやろ」と返す。

「なんで、おそば屋さんに入ってきはったんやろ??」の思いを抱いたが、次第に騒音化する声が嫌になり、早々と店を出た。

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2009年2月14日 (土)

人生は、50からちゅう事でおますわ

2009年2月8日、神戸市御影の世良美術館で行った
朗読&JAZZ演奏の公演 大人の恋の物語 ~My sweetheart~ ”
満員御礼の内に無事終了できました。

この場をお借りいたしまして、見に来て下さった皆様、関係者の皆様に、深く感謝を申し上げます。

「50を越えた辺りから」と、この頃、よぉ思いますのや。
上に書いた公演かて、人との繋がりや経験があって、「今やさかい出来るようになった」とほんまに思てます。

今年でうちは51才。
30代や40代は、セクハラもどきの態度や言葉も多い時代でおました。
それを、「どうちゅうことあらへん」と、右に左に流してきましたけれど、「あぁ、しんど」とほとほと疲れることもおましたわ。
「こんなり(=このまま)いくのやろか?」
なんや心配になったことも、そらおました。

そやけど、「50を越えた辺りから」そんな事ものぉなって(=無くなって)、気持ちよう過ごさしてもろてます。
そらそうですわ。
50のおばちゃんにちょっかい出すより、男はんはそれより若い子ぉにする方を選びまっしゃろ。

それだけやおまへん。
なんやかやと、落ち着いてきましてん。
うちの心が落ち着いて来たのか、周りの環境が落ち着いて来たのか判れしまへんのやけど……まぁ、どっちもおますのやろ。

「人生は、50からちゅう事やないかなぁ~」と思てます。

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2009年1月21日 (水)

2009/2/8公演:“大人の恋の物語”のご案内

「koen_annai.mp3」をダウンロード

公演のご案内でおます。
2009年2月8日(日):神戸市東灘区御影の世良美術館で、朗読&クロマチックハーモニカの公演を致します。
酸いも甘いも噛み分けた“大人の恋の物語”。詳しくは、ブログ:トリビアな大阪弁 2009年1月21日を読んでみておくなはれ。
どうぞ、よろしお願いいたします。

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こんな公演しますねん。“大人の恋の物語 ~my sweetheart~”

公演のご案内でおます。

熟女が願うダンディズをベースに、酸いも甘いも噛み分けた男と女の恋愛模様。
朗読&クロマチックハーモニカのSexy soundで綴る珠玉の4編。

大人の恋の物語 ~my sweetheart

【朗読演目】
----“
知らないふりより----
好きだ、愛しているわの感情は、5年が限度かもしれない。
ところが5年も経てば、「言わんでもわかるやろ」と手前勝手に思ってしまうのが男の性(さが)
女は言って貰わないと判らないと拗ねながら、本当は『あんたのことは全てお見通し』という特殊能力を持っている。勿論、内緒だけれど。

あの恋、この恋が浮かんでは消えていく。
時を越え、胸に秘めていた過ぎ去った出来事が、そっと浮んでくるかもしれません。

日程:200928日(日)
時間:午後1時開場 午後2時開演(4時終了予定)
会場:世良美術館 
 <阪急「御影」駅より南西へ徒歩3分>
TEL078-822-6456
 FAX078-843-4834
658-0047 兵庫県神戸市東灘区御影2丁目5-21
協力:エルミオニ ジャパン()、㈱企庵
料金:前売券のみ
        5000円(プレゼント、コーヒーor紅茶付き)

会場プレゼント:
ギリシャの最高級エクストラヴァージンオリーブオイル(28g 980円)と、同じオイル100%で作られた石鹸(1680)のセットを参加者全員にプレゼント!

【チケットのお求め・お問い合わせ】
エルミオニ ジャパン有限会社 

ご希望の方はFAXかメールに住所・氏名・電話番号を明記の上、下記までお送りください。振込先を明示し、チケットを郵送致します。
6580053 神戸市東灘区住吉宮町31415302 エルミオニ ジャパン有限会社
 tel/fax : 078-754-8208    Email: kubo@ermioni-japan.com

出演者
徳永 延生 クロマチックハーモニカ

多田 恵美子:ピアノ
桂 紅雀:朗読男性の声
藤田 千代美:朗読女性の声
久保佳代:朗読ナレーション&プロデュース
松尾 成美:朗読女性の声&脚本・演出

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2009年1月 9日 (金)

えらいご無沙汰しております

へぇ、えらいご無沙汰しております。
年も明けましてから、もぉ10日近うなります。
日ぃが経つのは、早よおますわ。

さて、今日ブログを久しぶりに書きましたのも、ほれ、ポッドキャスティングの登録者が“17017人”になりまして。
日々登録者が増え、17000人目前になった頃は、びっくりしました。
ほんで、そこを越えましたやろ。
まぁ、あんさん、今年97歳の祖母が最大級の感謝の念を表す時に使う『千万無量(せんまんむりょう:計り知れないこと)』とは、このことやと思てます。
おおきに、おおきに。有難うございます。

もったつける(=もったいぶる・偉そうにする)気ぃやおまへんけど、「こないよぉさん(=こんなに沢山)のお人に聴いてもろてるのや」と思うと、ズシンと胸に迫るもんかてあります。

とは言え、続きの配信は、まだ決めかねてますのや。
ほんまにすんまへん。
堪忍しておくなはれな。

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2008年9月 8日 (月)

これを吉書(きっしょ)に

「これを吉書に、よろしおたの申します」
高齢の方なら、この大阪弁を判る人もいるだろうが、「若い人は、全くわからんやろな」と思う。

大阪弁の『吉書(きっしょ)』とは、私は、「機会」や「折」という意味で使うことが多かった。
その他に、明治生まれの祖母は、「きまり」という意味でも使っていた。


【ご挨拶】

“トリビアな大阪弁”のブログを読んで下さった皆様、ほんまに、これを吉書に、「へぇ~、こんな大阪弁があったのか」とおもてもろたら、うちは嬉しおます。

過日ご案内致しましたように、ここで、一旦、お休みをさせていただきます。

ほな、また、お目に掛かれる日まで。
おおきに、有難うございました。

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2008年9月 7日 (日)

おいなはる・おいなぁる

「oinaharu_no_hanashi.mp3」をダウンロード

『おいなはる』・『おいなぁる』は、死語になった大阪弁だ。

古き良き時代は、“情”が通い合う世の中だった。
『おいなはる』も『おいなぁる』も、そんな時代だったから、存在可能な言葉だったように思う。

ココログ ポッドキャスティングの最終回は、この言葉で締めたい。

ほんまに、今まで聞いてもろて、おおきに、有難うございました。
また、どこかで配信できる日が来ると思います。
それまで、一旦お休みとさせていただきます。

ほな、また。
ひとまず、さいなら。

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2008年9月 6日 (土)

えげつない

「egetsunai_no_hanashi.mp3」をダウンロード

オレ、オレ詐欺や、突然、見ず知らずの人を刺すなど、「どないなってんねん」と驚く『えげつない』事件が続く。

事件や事故の他に、日常生活の中で「あぁ、えげつな」と口にすることもある。
例えば、思いの外高額の請求を受けたときや、信用していた人に思いもよらない行動を取られたときに使う。

『えげつない』は、良いことに繋がらない言葉である。
今は「えげつない、えげつない、えげつない」と、幾つも『えげつない』が重なる、そんな悲しく、恐ろしい世の中になった。

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2008年9月 5日 (金)

うまい うまい

「umai_no_hanashi.mp3」をダウンロード

大阪弁の『うまい』の発音は、“う”の音をはっきり発音しない。
この言葉の詳しい発音については、到底文章で書ききることができない。
だからこそ、「どないしても“音”で残しておかな」の思いが強かった。

『うまい』の“う”は、割合で表現するなら、“ん”の音が6割・“う”の音が4割合という所だろうか。

「ちょっと注意して聞いてもろたら、嬉しわぁ」と思いながら、収録した。

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2008年9月 4日 (木)

いじくる(弄くる)

「ijikuru_to_sesekuru_no_hanashi.mp3」をダウンロード

大阪弁には、動詞+接尾語の形で、言葉の終わりに“くる”がつく言葉がある。
例えば、『いじくる(弄くる)』・『おちょくる』・『せせくる』などが使われてきた。

『いじくる』と言っても、使う場所や状況で、言葉の意味が変わる。

そのあたり、じっくりお話させてもらいまひょ。
まぁ、聞いておくなはれな。

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ブログとポッドキャスティング配信のご案内

ブログとポットキャスティングを配信して以来、多くの方々に見て、聞いていただいて、本当に有難うございました。

9/9以降は、40MB→1MBに変更になるため、ココログでポットキャスティングの配信はできません。
そこで、
9/4・5・6とココログ ポットキャスティングを配信し、9/7(日)を最終回に。
9/8(月)を、ココログ ブログ配信の最終回と致しました。

その後は、一旦、お休みをさせていただきます。

ブログを読んで下さった方々、ポットキャスティングを聞いて下さった方々に、深く感謝しております。
「おおきに、おおきに。ほんまに、おおきに」と、この言葉しかございません。

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2008年9月 3日 (水)

いらんことしぃ

「ほんま、ここだけの話やけど。いや、なに、こんなこと、あんたにゆうてええかどうか迷たんやで。けど、まぁ、ゆうといた方がええと思て」
こんな言葉で、私や私の周囲に関わることを“助言”という形で伝えてくる人がにいる。

話の中身は決まって、「聞きとぉもない事やのに」と不快感が募る事柄ばかりだ。
その上で、「相手をいろて(=いじる)、反応を見たいんやろか?」とも感じる。

こういう人のことを、大阪弁では“いらんことしぃ(=要らない事ばかりする人)”と言う。

女性に多いと思われがちだが、男性の中にもこのタイプはいる。
いかにも『親切なアドバイス』という体裁を保ってくるので、質(たち)が悪い。
「ほんまに、いらんことしぃには難儀しまっせ」と、これは私の本音である。

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2008年9月 2日 (火)

すし屋のアラで、とんと身がない

「福田さん、やめはってん」と、昨夜、帰宅したばかりの娘に言った。
「ええっ!!」と驚く娘も24歳。それなりに自分の考えを持っている。
母娘で、今の政治は、政治家はと、少しだけ話したが、互いに「あかんわ、日本は」と虚無感を抱くだけだった。

自画自賛のような福田さんのテレビの会見を見て、浮かんだ言葉がある。
大阪のシャレ言葉で、『すし屋のアラで、とんと身がない』
魚をさばくのが下手な人だと、アラ(骨)に沢山身が残る。が、おすし屋さんなら、そんなことはない。見事にアラ(骨)だけになり、とんと身がない(=全く身が付いていない)。
つまり、「全く内容がない」という意味だ。

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2008年9月 1日 (月)

物入りな日ぃ

昨日、冷蔵庫が壊れた。
「えっ? 氷、溶けてる……アチャー、これは、これは」

「今度故障してら、もう部品がありませんから、買い換えしかないですよ」
2年ほど前、修理をしてくれた人が言った言葉が浮かんできた。

「10年ちょっと、休まず働いてくれたんやなぁ」
扉を開ければ冷気は全くなく、ただ明かりだけが点く。
「ご苦労さんでおました」
さぁ、これから日本橋に行って買ってこよう。

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2008年8月31日 (日)

あんた 2

「anta_2.mp3」をダウンロード

「あんた」は、目上には絶対使ってはいけない言葉だ。
目上にこの言葉を使うと、喧嘩を売っているのも同じである。

目上や余り親しくない人に向かって使っていた「お宅さん」という表現は、死語に近くなってしまった。

「あんた」はきつい言葉ではあるが、甘えるように使うのなら良いし、また効果も期待できる。

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幻の“けつねうどん”

45年ほど前、育った町内に、一軒のうどん屋さんがあった。
名前も覚えていないのに、店にあった大きな釜なら直ぐに脳裏に浮かんでくる。
この大釜の湯の中に、瀬戸物の大徳利がいつも入っていた。
大徳利の中身はお出汁。
店では、こうしてお出汁を湯煎で温めていた。

この店の“けつねうどん”は美味しかった。
甘辛く炊いた(=煮た)三角のお揚げさんが一枚入った“けつねうどん”は、早い時間に売り切れた。
そうなると、おばちゃんは「もぉ(もう)、“きざみ”しかないで」とにべも無い。
“きざみうどん”は、味を含ませていないお揚げさんを切った(刻んだ)物が、うどんの上にのっている。
「どないする? きざみでええか?」とおばちゃんは問い直す。
『“けつねうどん”やないといやや』と心では言っているが、口には出せず、「……またにする(今度の機会にする)」と肩を落した。
この日一番の悔しさを味わって、5つのおかっぱ頭の私は、祖父から貰ったうどん代を握りしめて帰った。

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2008年8月30日 (土)

ポッドキャスティング、続けられへん

とうとう来てしもた。

ココログフリー アップロード1ファイルあたりの最大容量について
【現状】 40MB
【9/9 メンテナンス以降】 1MB

こんなお知らせがあった。
「1MBでは、毎週日曜日に音声配信してるポッドキャスティング、続けられへんがな」である。

ココログフリー以外の切り替えが9/2にあるのを知って、「えっ? なんやの?!」と驚いた。
「残るココログフリーの発表も、すぐにあるやろ」と腹をくくっていた。
不条理や理不尽や、色んな言葉が浮かんではくるが、「せんない【詮無い】こっちゃ(=仕方がない)」と呟いた。

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2008年8月29日 (金)

せわしない父と間ぁの悪い娘

「ほんまに武夫はせわしない。ちっとの間ぁもじっとできんのやさかい」
40年ほど前、祖母は、父のことをしばしばこう言った。
「酉年やよって、バタバタしてから」
こうも言った。
すでに祖母はこの世にいないが、諦めを含んだ声が蘇る。

実家は、家具屋。歳末大売り出しを含め、年に何度か売り出しをする。
接客に配達、電話応対など、家族総出でテンテコマイだ。
そんな忙しいときに、悠長な顔でもして台所に座っていると、
「お前、忙しときは忙しよぉにせぇ!!」と怒鳴られた。
大抵は、『やれやれ、ちょっと一服』と思って座った瞬間だった。
事情を知る母は、「あんた、ほんまに間ぁの悪い子ぉやなぁ」と笑った。

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2008年8月28日 (木)

心はドップリ疲労色

満50歳に、もうすぐなる。
「50の誕生日を迎えるさかい、別にどうちゅうこともないねんけど……」
そうは言いながら、この頃、疲労度合いがきつい。

体が疲れるというより、精神面かもしれない。
驚くほど安い原稿料にも「仕事があるのは有難い」と感謝し、理不尽な人に出会えば「しゃぁないわ」と諦めもしてきた。
「この先も、変わらんままや」とヒシヒシと感じる。
このヒシヒシ感が、ジンワリ心を浸食していた。
50の誕生日前に、気づけば心はドップリ疲労色に染まっていた。

急ぎの仕事がある。
「これ片付けたら、何か自分のためだけにご褒美を」と考えるが、せいぜいギネスの黒缶ビールをいつもの“1本だけ買う”から、“2本買う”ことくらいしか浮かばない。

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2008年8月27日 (水)

耳はダンボ

仕事で京都に行ったついでに、昼食を外で済ませた。
直ぐそばのテーブルに、8名の一団が座っていた。
食事も終わり、お茶を飲みながら雑談が続いていた。

年齢は70代半ば。男性4人と女性4名だった。
皆、同級生のようで、昔話に花が咲くという様子だった。
話はやがて北京オリンピックに移り、そこから「今の若い人は」という話題に集中した。

「今の若い人、上司と飲みに行ったりせぇへんて」
「そうらしいな」
「うちのお父さん、昔、えらなった時に(偉くなった時に)、これから金貯まらんぞってゆうたわ」
「下のもん、連れて飲み食いさせなあかんさかいやろ」
「わしもそうやった」
「うちのお父さんかて、おんなじようなことゆうたわ」
「ところが、今は違うねんて」
「誘ても嫌われるらしいで」

見えない耳はダンボのようになり、テンポよく進む話を聞きながら、食事を終えた。

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2008年8月26日 (火)

鰯の骨と鯛の骨

『てて(手)噛む鰯』の話を、昨日のブログに書いた。
一晩経って、あの後の話が蘇った。

「鰯の骨なんぞが、喉に刺さるとは情けない」と、父は呆れた。
「どないしても取れなんだ骨、取れて良かった」と、祖母は喜んだ。
「ほんで、喉、どないや?」と、祖父は心配した。
母は、「この子ぉは鰯の骨。この前、○○さんとこの奥さん、鯛の骨が喉に刺さって、病院で取ってもろたらしいわ。うちは鰯やろ。負けたわぁ~」と、少し残念そうに言った。

『鯛でも鰯でもええねん。魚の骨には、よぉよぉ(=よくよく)気ぃつけなあかんわ』と、以来、魚を食べるときはやけに慎重になった私だ。
あれから35年。
明治生まれの祖父母は亡くなり、父も母もとぉに70を越え、私は今年で50になる。

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2008年8月25日 (月)

てて(手)噛む鰯

新鮮な鰯を見つけると、つい「てて(手)噛む鰯(いわし)や」と言ってしまう。
祖母も母も、よく使った言葉だ。

小さな頃、魚は、祖母に実ぃしてもろて(=骨から外して貰って)食べていた。
鰯も、そうして食べていた。
やがて自分でちゃんとできるようになった。
ところが、いつまでも小さな鰯の骨まで除いて食べることに、父が怒った。
「そんなもん、骨ごと食べんかい!(食べろ!)」
食べてはみたが、小骨が喉に刺さった。

何としてもその骨は取れず、翌日、耳鼻咽喉科で取って貰った。
一晩続いた不快感と、取れた瞬間の有難さは忘れない。
たしか、中学2.3年の頃だったように思う。

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2008年8月24日 (日)

習い事の講師の見分け方色々

幾つかの文章教室で教えているが、受講生の中には、習い事の講師をしている人もいる。
ワイン講座のセミナーを開いている人・香道の先生・書道の先生などなど、多岐にわたる。

一つ、この中の人との会話で印象深い話がある。
初対面の折、「松尾先生は、何か習っていらっしゃいますか?」と質問を受けた。
「はい、俳句を。師と仰ぐ人がいて、その方について教えてもろてます」と答えた。
質問をした彼女は、ニコッと笑って、「それじゃ、ここに習いに来ますわ」と言った。

習う方と教える方の両方の気持ちがわかる事と、常に向上心があるかないかという事を、彼女は「何か習っていらっしゃいますか?」の一言で確認した。
「それじゃ、ここに習いに来ますわ」に、『成る程、巧い確かめ方やこと』と感心した。

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あんた 1

「anta_1.mp3」をダウンロード

「あんた(=あなた)」という言葉は、今の大阪弁では非常にポピュラーな言葉であるが、きつい言葉である。
その“きつい”という感覚が、現在は消えているように思う。

以前は、「あんさん」「あんたさん」「お宅さん」とも使っていた。
このように、「貴方」や「貴方の所」をさす言葉は、一昔前までは沢山あった。

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2008年8月23日 (土)

仲間でつこた糊の瓶

45年ほど前の話だ。
「糊(のり)は、仲間で使いなさい」
私が幼稚園の頃は、4人で1つの糊を使うように、先生が指示した。
“田”の字の形に座った真ん中に、黄色い糊の瓶が置かれた。

大阪弁の『仲間』は、一緒に物を使う時に用いる言葉だ。

今でも、あの糊の瓶を思い出す。
スティク糊を見てもあまり愛着を感じないのに、文具売り場で黄色い糊の瓶を見つける度、微笑んでしまう。
「仲間でつこてた(使っていた)あの子も、この子も、みな、もう50や」
この頃は、そんな事もついでに呟いている。

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2008年8月22日 (金)

高速道路上で「よけて~」と叫ぶ

大阪弁の『よける』は、『避ける』の意味で使う。
今でも生活の中で、よく使っている言葉だ。

例えば、
「机の上にあるもん、ちょっとよけて(除いて)」
「そこ、よけて(避けて)掃いて」
こんな風に使う。

元々、車を運転するのは嫌いだ。
20年前、そんな私が、必要に迫られて高速道路を走行しなくてはならなくなった。
前の車に近づく度、「よけて(移動して)~、よけて~」と叫んだ。
後ろからクラクションを鳴らされると、「よけられへんねん!」と怒りながら焦った。
今は、完全なペーパードライバーだ。

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2008年8月21日 (木)

あたかっこの悪いこと(非常に格好の悪いこと)

「うち(家)の中のことは、外行て、そないそない、あけすけにゆうもんやないで。あたかっこの悪い」
45年前、大人顔負けに喋る5才児の私に、祖母はこう注意した。

大阪弁の『あけすけ』は、「何もかも、包み隠さず」の意味がある。
『あたかっこ(格好)の悪い』の“あた”は、接頭語で「非常に」や「とんでもなく」の意味が含まれている。

道を歩いていたら、後方で、大きな声で喋る女性の声に振り返った。
携帯電話で話している内容は、筒抜け(=すぐに知れてしまう状態)だ。どうやら身内の問題で揉めているようだ。
女性のテンションは留まる所をしらない。
騒音のような声から逃げるように、足を速めた。

「やれやれ」と思ったら、急に上に書いた祖母の言葉が浮かんできた。

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2008年8月20日 (水)

聞かなくなった大阪弁:「ハネ」

立派な桃を貰った。
見場良く、味良く、「ゆうことない!」と絶賛してよばれた(=いただいた)。

そんな美味しい桃を食べながら、「ハネの桃でも、味のえぇ(=良い)のがある」と独り言を言っていた。
『ハネ』は、規格外品を指す大阪弁。
少し傷があったり、形が歪んでいたりするものだ。

明治生まれの祖父母は、この言葉を日常的に使っていた。
70過ぎの母は、今でも時々使う。
だが、周囲では殆ど使っていない。
今ならB級品とでも言うのだろうか?

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2008年8月19日 (火)

大阪弁:へんねしにも敵いまへんわ

「こちらを立てるとあちらが立たず、あちらを立てるとこちらが立たず」
そんな時も、たまにある。
「○○さんの顔立てさしてもろて」と、事が穏便に行くときもある。
反対に、「○○さん、へんねし起こしてしもて」と、後々難儀をすることもある。

大阪弁の『へんねし』とは、臍を曲げるに近い言葉だ。

『へんねし』を起こす人は、プライドが高いと感じる。
「俺を(私を)見くびりくさって」
口には出さないけれど、そう思っている人が多い。
一旦『へんねし』を引き起こすと、そういう人のご機嫌は中々直らない。

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2008年8月18日 (月)

大根(=心)に響かん五輪解説

テレビで、北京五輪の水泳競技を見ていた。
番組の途中から見たので、「このよう喋る解説者誰やろ?」と、ずっと気になっていた。
彼は、選手達の今までに至ることや、今後の水泳界のことも喋っていた。
「日本水泳界をよく知ってはる人なんや」程度の予測はついた。

しかし、彼の解説は、私には全く大根(おぉね=心)に響いてこない。
何を言っても、耳に入ってきているのに、意識が動かないのである。
いつぞや、仕事である大学の卒業式の現場にいて、これと同じ感覚を抱いた。
壇上で祝辞を述べる人達の言葉が、聞こえているのに心に迫るものがない。

色々な所で、人の話を聞く機会に恵まれた。
言葉を操れる人は、喋ることに酔っては駄目だ。
「ちゃぁんと、聞いてるもんの心に届く“誠意”がのぉては、あかんのとちがうやろか」と思う。

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2008年8月17日 (日)

一生の評価

親戚の一人が、少し前に亡くなった。
70代半ばだっただろうか。

「まぁ珍しわ。あの人のこと、ええ人やったなという人間が、一人も居てない葬礼(そぉれん=葬式)も」
これが参列した人達の正直な感想だ。

葬儀中も、葬儀が終わっても、それからしばらくしても、この人の善い話は皆無だ。
葬儀は亡くなった人を見送る儀式だと考えるが、そこで交わされる言葉や話こそ、その人の一生の評価だと、私は思っている。

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あんじょぉ 2

「anjyo_2.mp3」をダウンロード

「あんじょぉ」は、目上にも目下にも、また神さん、仏さんにも使える言葉だ。

元々の大阪弁である「あんじょぉ」は、念押しも含めた言葉だった。
それが、今一般的に使われる「あんじょう」と最後の音を伸ばすと、念を押された感がなくなり、相手への伝わり方が変わってしまう。

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2008年8月16日 (土)

脳挫傷、外傷性くも膜下出血のその後

階段からの落下事故で、脳挫傷、外傷性くも膜下出血で入院したのが8年ほど前。
以来、左耳の聴力がかなり低下したが、「別に、どうちゅうこともない」で、特に困っていない。

あの事故から変化したのは、味覚だ。
事故前は、お刺身やお寿司は大好物だったのに、生ものが食べたくない。
けれど、かつおのたたきのように、炙ってあると「美味しいわぁ」と喜んで食べている。
お寿司も、近頃は“炙り○○”が多くなり、これも満面の笑顔で食べている。

もう一つ、字が下手糞(へたくそ)になった。
殊に『な』や『よ』などの丸くなる箇所のある文字が、今までと異なる形になる。
丸くなる部分が、ややひしゃげてしまい「今一つの字ぃやこと」と情けない。

「なんでやろ??」と思う。
身に起った脳の損傷で、理由は判らないが、「へぇ~」と思うことはいくつかある。

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2008年8月15日 (金)

大阪弁:「はんじく(半じく)」と「にぬき(煮抜き)」

何気なく使う一言に、自分でも「あれ?」と思う事がある。

「はんじく卵が好きや♪ はんじく、はんじく♪」と、リズムをとりながら、台所で茹でた卵の殻を剥いていた。
「あれ? うち(私)、はんじくってゆうてるわ」
少し揺れていた体は、ここで停まった。

大阪弁では「半熟(はんじゅく)」のことを「はんじく」と言う。
今は殆どの人が「はんじゅく」と発音している。
20代の二人の娘も「はんじく」とは言わない。

ちなみに、「にぬき(煮抜き)」と言うと、ゆで卵でも「固ゆで卵」のことをさす。

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2008年8月14日 (木)

勧誘電話撃退法:わて、判かれしまへん

何やかや(=何かと)と勧誘の電話がかかってくる。
「はい」と誰もが判る大人の女性の声で出てしまったら、会話中に「はい」と2回ほど繰り返したところで、「えらいすんません。今、ちょっと取り込んでまして(=家の中が騒がしい・用事をしているところ)」と言って、電話を切る。
決して、ブチッとは切らない。
通信販売のオペレーター業務も、名簿を見て先方に掛ける仕事もしたこともある。
掛けてくる相手の気持ちも判る。
二言三言話せば、相手がどんな人かの見当がつく。

たまに、「なんとまぁ、この人」と呆れる相手もいる。
無礼な人には、こちらも対抗策をとる。
1回目の返事が「はい」なら、2回目は「えっ?」「はぁ?」となって、3回目には「すんまへんなぁ~。今、若いもんがいてまへんねん。はぁ、そない説明してもろても、わて、判かれしまへん」と言って電話を切る。

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2008年8月13日 (水)

物書きの悲哀

仕事で、「もういやや!!」となるのは、大抵、「人としてどないやねん?」と怒りを感じたときである。

支払いにやたらと時間がかかる人。
スタッフをまとめる立場にありながら、話も交わすことができない人。
重要な連絡だから、電話が欲しいと何度伝えても糠に釘の人。
などなど、数え上げたらきりがない。

「なんで、こないに、うちの周りに多いのやろ?」
大手企業に勤める友人に、この話をしたら、簡単明瞭な答えが返ってきた。
「そういう人は、企業ではいなくなるのよ。あなたの業界だから、生き残っているのかも」
常識ある行動の出来ない人が、私のいる世界に多くいると考えた方が、「あぁ、そうかもしれへんわ」と諦めもつく。

好きなことをしてお金を貰えることは、本当に有難い。
しかしながら、とにもかくにも、組織に属さない物書きの立場は弱く、哀しいものである。