おおつもごり(大晦日)とその前日
育った町内の年末の光景は、昭和50年(1975年)頃までは、毎年同じだった。
昭和33年(1958年)生まれの私が、17歳になったその時分は、恒例の町内の一コマが繰り返された。
30日の昼下がり、玉田(仮名)のおばちゃんが自宅前に立つ。
慌ただしく行き交う町内のおばちゃん達に、「あんたとこ、もう買いもんすんだ?」と、やけに悠長に声を掛ける。
声を掛けられたおばちゃんは、『相も変わらずやな、玉田はん。毎年のことやけど、この時期にそない呑気にしてられんのは、あんただけでっせ。なにしろお節はいっつもスーパーでこうてきはんのやさかい、世話ないわなぁ』と心で思いながら、「大体のもんはこうた(買った)」と返すのが恒例だ。
30日の夜、「ところで、しげやん、帰ってきたんかいな?」と、思い出したように町内のどこかのお宅で話題になる。
しげやんは、やくざの世界に身を置いているが、時々、町内に住むお兄さん夫婦の家に舞い戻ってくる。
「さぁな、姿、見んな」というのが、恒例だった。
やがて一晩明けて31日。
おおつもごり(大晦日:大阪弁では「おおつごもり」ではなく「おおつもごり」と言う)だ。
今年最後の日を、すでに大掃除の済んだ各家で、男性の多くは自宅の神さん飾りに精を出し、女性はお節の重箱詰めなどをしながら、晴れの日を迎える支度にラストスパートをかけるのだった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント