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2012年8月 7日 (火)

何がどないなるか分からしまへんわ

昭和33年(1958年)生まれの私は、5歳まで同じ年齢か、自分の年齢に近い子供と遊んだことがない。

祖父母の家で、そこに集う明治・大正・昭和初期生まれの人たちの会話の中で育った。
大阪弁を中心に、
「どんな相手で」
「どんな関係で」
敬語の使い方が変わるのかも、自然と身に着いた。
まったりとしているようで、めりはりのあるそんな世界が好きだった。

「大人の世界ばっかりもあかんやろ」
というので、父母は私を3歳になると保育園に入園させた。
ここは子供ばかりの世界。
私が親しんできた大人の節度や秩序ある世界ではなかった。
「ここ、うち、イヤや」
入園後、脱走を続け、通った日は3日間もない。

母は翌年の始業式の翌日、園の門前で
「イヤや~」と泣き叫ぶ私を園内に押し込んで、とにかく4歳の保育園児の形をつけた。
しかし、この日も母が帰ってから、先生方の隙を見て保育園から逃亡。

祖父母はとうの昔に
「この子、(保育園に)通わすのは無理や」と思っていたようだ。
だがその言葉は時期が来るまで言わずにいた。

父母の抱く
「おじいちゃん、おばあちゃん育ちはあかん。ほんまに、もう、こないに手ぇつけられへんよな我がままな子ぉになってしもて。どないぞして、保育園で治してもらわな」
の気持ちを察していたのだろう。

黙って様子を見ていた祖父母だったが、4歳の登園通算3日目に、一旦登園をして脱走する毎度の姿に、不憫さが先に立った祖父が
「もうええがな。こない嫌がるんや。(保育園に)行かんでもええやろ」
の一言で、保育園から解放された。

「ヤッター!」という喜びよりも、
「やれやれ。これで、やっと今まで通り、好きに一人で遊べる」と思った。
やけに大人びた『やれやれ』感に満たされたことを、53歳になったこの年齢でもはっきりと思い出す。

そんなこんながあって、古い大阪弁に満たされた世界で再び好き放題に過ごせたことが、今、こうして大阪弁に特化したブログを綴る源(みなもと)となっている。

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