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2011年2月 2日 (水)

大阪弁:「たとい(=たとえ)」

昭和30年代の後半、育った町内には、色んな人達が暮らしていた。
元やくざだった散髪屋のおっちゃんは、普段は温厚だが、「キッと睨んだ時の顔は、やっぱり他の人とはちがうな」と母は言った。
背中の彫りもん(=刺青)は、決して町内の人には見せなかった。
「一遍だけ、チラっと見えたことあった」と思い出した。
暑い夏の昼間、半袖の袖口が捲れて、濃紺の曲線の一部を見たが、別に驚きもしなかった。

おっちゃんの弟のシゲやんもやくざの世界に長くいて、時々、フラっと町内に帰ってきた。
そんなとき、遊び相手もいない幼い私に、「するか?」と声をかけてくれ、ボール遊びをしてくれた。
シゲやんの彫りもんは記憶にあったので、そのお兄ちゃんである散髪屋のおっちゃんの彫りもんをチラッと見ても、「ふ~ん」という程度だった。

祖父は、「たとい(=たとえ)どんな事があっても、お前が生きてたらええんや」と、平気で他人の前でも口にする人だった。
「あのせぇだい遊んでた松はんが(=あんなにどっぷりと女遊びをしていた松尾さんが)」と、祖父の60代までの人生を知っている人は、私が生まれてからの豹変ぶりに驚いたそうだ。
散髪屋のおっちゃんもシゲやんも、祖父の孫への溺愛ぶりを呆れていたが、町内の年上の人間には直接何も言わなかった。
ただ、いつも祖父と私が手を繋いで町内を歩いていると、「お出かけかい? ええな」と笑って見送ってくれた。

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