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2010年12月26日 (日)

師走に思い出す顔

年末になると、毎年思い出すのは、昭和30年代後半~50年代まで、育った町内で元気で明るく過ごしていた、おっちゃんやおばちゃんの姿だ。
可愛がって貰ったその人達も、殆どは彼岸に渡ってしまった。
皆々、賑やかな人達で、「さぞやあちらは賑やかなこっちゃろ(賑やかな事でしょう)」と思う。

やくざと言っても、町内では「どうせ大した事ないで」と陰で囁かれていた、シゲやん。
「背中の刺青、あれ、色入ってなかったなぁ」と色白の肌が浮ぶ。
「わし、肺やってる(=結核にかかった事があるの意)さかいやな、あっち(=刑務所)に入っても、銀シャリ食わしてくれる」と話すのを、幼稚園児の私は熱心に聴いていた。

林のおばちゃんの最晩年の言葉は、「あては業(ごう)が深いよって、なかなか向こう(=あの世)には行かれへん」だった。
80代に入っても、匂うような色気と可愛さがあったおばちゃんは元芸者。
「カフェーの女給とは、あてら違う」の気概があって、三味線も上手だった。
遊び人だった祖父が、「太鼓も打たしたら、巧かったで」と言っていた。

「それに……今年30数年ぶりに偶然電車の中で出会って、話して、一緒にご飯食べて、ほんで、急に亡くなってしもたカヨちゃん」だ。
私の幼い頃のニックネームは〝テーちゃん〝で、ずっと「テーちゃん」と呼び続けてくれる、数少ない人だった。
姉のような存在は、カヨちゃんより他になく、「あの偶然の出会いは、来世もまた面倒みたげるわとでも告げに来てくれたんやろか」と、そう感じている。

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