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2010年3月 1日 (月)

大阪弁:『どん突き』

突き当たりの事を、大阪弁では『どん突き』と言う。
道をたんねられた時(尋ねられた時)に使う頻度が高い言葉だ。

例えば、「○○郵便局はどこですか?」と問われたら、一昔前の表現で通すとこうなる。
先ず、行く方向を指さし、「ここをまーすぐ行きまっしゃろ。ほたら交差点がおますわ。ほれ、この先」と再度、指さす。
「見えまっしゃろ、信号機が。そこを右に曲がって、道なりに(道に沿って)ツーッと進んでもろたら、どん突きになる一本手前の道を、今度は左に曲がって、ほんちょっと歩きはったら郵便局だすわ」

とは言え、この喋り方をする人はもう殆どいない。

今の中高年男性バージョンなら、行く方向を指さす人は多いが、言葉はかなり変わる。
「ここまーすぐいて(行って)、交差点に出て、そこ右に。その道に沿うて進んで行くやろ。そしたらそのまま進んで行くと、突き当たりになるんで、その一つ手前の道を左に曲がったら、すぐ郵便局があるわ」
こんな具合だ。

いつの間にか、「どん突き」も「突き当たり」という人が多数派になったと感じる。

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コメント

はじめておじゃまします。
そういえばたまに『どん突き』ってつかいます。

投稿: hirosuke | 2010年3月18日 (木) 10時11分

どんつき。
「そうそう、言う言うっ!」
と、思わず手を叩いて頷きました。

父に道を尋ねると、必ず「そこのどんつきを右に…」とか、「2個目の信号を左に曲がったらどんつきやから…」と説明してくれました。

これまで30年の人生、東京、大阪、奈良を3分の1ずつ、過ごしてきた私ですが、やはり大阪弁には、幼き日の思い出が詰まっていて、亡くなった父を思い出しては、温かい気持ちにさせられます。

道を尋ねると、いつもしつこいくらいに細かく説明してくれたなぁ…そのたびに「どんつきを…」と繰り返し言ってた父の声を思い出します。

投稿: りよこ | 2010年4月 2日 (金) 12時45分

「どんつき」って大阪弁?京都でも使いますよ。また、「歩きはったら」の「はったら」って言い回しってどちらかいうと京都の方が使うような気がするんですけど、「どんつき」も本当に大阪弁?

投稿: 京男 | 2013年2月 5日 (火) 23時44分

京男様へ


>「どんつき」って大阪弁?京都でも使いますよ。
>「どんつき」も本当に大阪弁?


はい、間違いなく、大阪弁です。
≪大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>
には、
 ドンツキ【どん突き】(名)つきあたり。
と掲載されています。

更に、
≪上方ことば語源辞典 堀井令似知 編 東京堂出版≫
には、
 ドンツキ 突き当り。「そこのドンツキを右へ曲がって三軒目どす。」京ことば。
[語源]どんと突き当たったところの意味。
とあります。


>京都でも使いますよ。

のお言葉の通り、今の京都でもお使いの事でしょう。


>「はったら」って言い回しってどちらかいうと京都の方が使うような気がするんですけど

今年55歳の私は、明治生まれの祖父母育ちで、祖父母やその周辺の人たちとの話し言葉は、今の大阪弁とは大きく異なる船場言葉がベースでした。
育った所は大阪ではありませんが、江戸時代から糸産業で栄え、永らく船場と取引を維持してきた和歌山県伊都郡高野口町(現:橋本市高野口町)という場所です。

このような背景から、私の話す大阪弁は100年前の船場言葉の流れをくんでおり、その船場言葉は京ことばの影響を受けています。
従って京男様のご指摘のような京都の言葉と重なる部分は出てくると思います。

投稿: | 2013年2月 6日 (水) 14時31分

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