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2010年3月 9日 (火)

目には見えへん礼儀と義理

私には祖母が3人いる。
育ててくれた松尾家の祖母:トラヱ。
今年98歳になる母方の祖母:ツル子。
そして、父の生みの母である祖母:タネ。
明治・大正生まれの気骨のある生き方は、3人の女性に共通している。

父は、13歳の年に生家を出て、松尾家に養子に入った。
「お父ちゃんには、兄に姉に弟2人に妹といてたけれど、お父ちゃんのてて親(父親)は、はようにのうなって(早く亡くなって)家はびんぼ(貧乏)で、そら大変やったさかいに、この中で、だれぞが他家へもろて貰えるんなら、誰でも声のかかったもんがよそへ行こと思てたみたいやで」と、いつだったか母が言っていた。

人としての線引きと言うのだろうか、父の生母のタネは、大勢の孫がいる中で、私と妹にだけは「成美ちゃん」・「寿子ちゃん」と『ちゃん』付けで呼んでいた。
それが他家へ出した所で生れた孫への接し方であり、松尾の祖父母への礼儀だと考えていたように思う。
祖母 タネの何でもない「成美ちゃん」という声が、近所のおばちゃん達から呼んでも貰う気さくな「成美ちゃん」とは違っていた。
『礼儀や義理という目に見えへんもんを、自分で守るってこういうもんなんやろか』と、私は中学生の頃から漠然と感じていた。

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