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2009年12月 7日 (月)

祖父母育ちの得なこと

私の場合は、祖母が最も身近な存在で、また尊敬し、信頼できる人だった。
話す言葉のベースは、やはり祖母の話し方にある。
言葉の選び方、使い方が祖母に近いと、今でも思う。

小さな頃、例えば、「井の中の蛙や」と祖母が評する人は、「了見の狭い人ということやな」と思っていた。
明治生まれの祖父母と共に過ごしていたので、使う言葉も上記のように『考え方の狭い人』ではなく、『了見の狭い人』という表現の方がしっくりきた。
年相応の言葉遣いになったのは、小学校に入ってからだ。
同じ年の子達と集団生活をするようになって、「了見って、皆は使えへんみたい」と感じ始めた。

祖父母の元に来る人達も、私の父母よりもかなり年上で、明治・大正生まれの人達だ。
こうして、自身とはうんと世代の違う人達がいる環境の中で育ったお蔭で、同じ年頃の子達に比べると、自然と言葉の数は増えていった。

「大人と同じ様に喋る子ぉや」
「話しててみぃな。ほんまに、大人顔負けやで」
町内の人達は、半ば呆れてこう言った。
けれど、よくよく考えてみると、今の物書き業には役立つことが多いので、「やっぱり、あの環境は有難いことやわ」と思っている。

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