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2009年6月

2009年6月29日 (月)

凛とした美しさ

人の美しさは、年齢を重ねると、その人全体から“滲み出てくるもの”のように思う。
パッと一目を惹き付ける華やかさではなく、優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるものが、一言二言話している内に、じんわりとこちらに伝わってくると、『素敵やなぁ』とポ~ッとなる。

40代・50代・60代・70代・80代と年代別に思い返してみても、女性では各年代で、「あっ、あのお人がそうやった」と浮んでくる。
ところが男性となると、たった二人しか浮んでこない。
年代に関係なく、私の出遭った男性は、どこか胡散臭さがつきまとったり、一本芯の通った所がなかった。

“優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるもの”と私が感じるものは、人によってはオーラと呼ぶのかもしれない。
「うちがそれを一言でゆうたら、気高さになるかな」と、あの顔この顔を思い起こしては、凛とした美しさを持つ共通点に気付く。
51歳を目前にして、亡くなった人も含め、「ええなぁ~。こうなりたいねん」と思う人に巡り会えた喜びを感じている。

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2009年6月27日 (土)

大阪弁:『おまっとさん(御待遠さん)』

40年ほど前の祖父と祖母が珍しく揃って出かける日の事を、朝から急に思い出した。

二人とも明治生まれだ。
祖母は、前日に髪結いさん(=美容院)に行き、髪を整えておく。
お出かけ当日、やつし(=おしゃれが好きな人)の祖父は、数ある服の中から適当にジャケットやシャツを選び、髪にチックを塗って、玄関で靴を磨いている。
大抵、こんな時に溢す言葉は、「おばあちゃん、まだかかってんのか。ほんまに、女子(おなご)は時間がかかる」と決まっていた。
祖母がやっと支度を調えて玄関の祖父の所に出てくると、「おまっとさん(御待遠さん)だした」と声を掛ける。
「でけたか。ほな行こか」と祖父は腰を上げ、「へぇ、行きまひょか」と祖母は返事をする。

さて、大阪弁の『おまっとさん』は、「お待ち遠様」と言うことだ。
一昔前は、食堂でも注文品を卓に置くときなど、「おまっとさんでした」の声が頻繁に使われていた。
今は芝居の台詞でしか聞くことがない言葉になった。

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2009年6月26日 (金)

ビジネスマナー:反面教師

とある会社に伺った時のお話。
『お昼時間に重なるんが、ほんま悪いけど』と恐縮しつつ、アポドリは済んでいた。
相手は、“○長”と肩書きのつく男性だ。
受付で先ず挨拶をし、「“○長”のA様は?」と尋ねると、「えっ?! (来社)お時間伺っていたんですよね」と、応対の女性は驚いた様子だ。
「さっきまでいたんですけれど……食事かな? 姿が見えなくて。でも、すぐに戻ってくると思うんですよ」と言うので、「1時にまた伺います」と礼をして退出した。
1時を過ぎ、先程の場所に戻ったが、その人はいない。それから15分近く過ぎて戻ってきた。

開口一番、A氏はメールが全くできないことが判ったので、「データを送る際に、どなたかメールの出来る方はいらっしゃいませんか?」とお願いすると、部下の名刺1枚を持ってきて渡してくれた。
「今、この方、いらっしゃいますか?」と尋ねると、「ええ、向こうに」と言いながらソファに座った。
「折角ですから、お顔繋ぎをしていただけませんでしょうか?」とお願いすると、「そうですか」と席を離れ、部下の女性を連れてきてくれた。
A氏の部下への説明は今一つで、こちらから彼女に今日出向いてきた概要を伝え、メールのやり取りもあると思う旨も話した。

事務所を出た瞬間、「“○長”のA氏って、気が利かんちゅうか、精神的疲労度を高めるお人やなぁ」と思った。

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2009年6月25日 (木)

短髪やさかい人違い??

ショートヘアーにして、10年程経つだろうか。
私の髪をカットしてくれる美容師の藤本君は、最後に「これからお出かけですか? それともまっすぐ帰られますか?」と毎回尋ねてくれる。
「お出かけです」と言うと、ムースをつけ、しっかりスタイリングキープ。
「帰るだけやねん」と答えると、ブローだけで柔らかに仕上げてくれる。

藤本君はハンサムで、彼が黒地に細い白のストライプのスーツでも着ようものなら、間違いなくホストに見える。
「それでね、うちの嫁さん、僕がスーツ着るの嫌がるんですわ」と言っていた。
「うちは、どっかの組の姐さんに似てるみたいやねんけど」と、いつか話したら、
「姐さんて、あっちの筋の?」と鏡に映る私の顔を見てから、「何や、判るわ、間違われんのも」とクックッと笑った。

この間、宴席で、「やくざの本妻は短髪や。丁度、ほれ、松尾さんみたいに。2号、3号は髪長いんや。これ、ほんまやねんて」と言った人がいた。
『そんな決まりはないやろに』と思った。が、一目でその筋の若い衆と判る人達に、時折、頭を下げられることがあるのは事実だ。

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2009年6月24日 (水)

大阪弁:『ご機嫌さんで』

窓の外で声がする。
向かいのお宅に、お知り合いの男性が立ち寄ったようだ。
「えらいすんまへんな。ちょっとその先の○○さんとこ寄ったら、居てへんかって。ほんで、悪いんですけど、これ、預かってもらおと思て」と男性は言った。
姿は見えず、声だけしか聞こえてこないが、頭を下げている姿が目に浮ぶ。

「ほな、預かっとくわ。それより、あんた、ご機嫌さんで」
向かいのおばあちゃんの声がする。
「元気にしてましたんやけどな、ハハハ」と照れ笑いも含めて男性は答えた。
「それやったら良かったんや」と言いながら、おばあちゃんは小荷物を受け取ったようだ。
手渡した男性は、「おおきに、ありがとございます」と礼を告げ、単車のエンジン音を響かせて遠ざかっていった。

久しぶりに出会った人に使う『ご機嫌さん』という挨拶の言葉を、年に何回聞くだろうか?
「少ななったなぁ~。滅多に聞けへんもん」と振り返る。
私にとって『ご機嫌さん』は、一抹の寂しさも覚える言葉になってしまった。

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2009年6月23日 (火)

恐ぁ~て、イタイ、おなごはん

40代の女性でも、平気で「うまい!」というこの時代。
その言葉を聞く度に、「なんで、美味しいと言われへんのや」とムカッする。

「気ぃ鎮めな(=気持ちを落ち着かせよう)」と思うときは、亡くなった祖母や可愛がってくれた人達の“明治時代に生まれ育った人達の言葉”を思い出すのが、私には一番合っている。
「うまいやなんぞと、女子(おなご)が使うもんやない」
「美味しいと一遍言うとぉみ」
「イト、さっ、ゆうとおみやす」
こんな言葉を繰り出して、在りし日の声や姿を浮かべ、ほっと一息つく。

しかしながら、「うまい」よりも、更に「ちょ、ちょっと、お宅さん、それはあんまりやろ」と思う人に出遭うこともある。
食事のことを『エサ』という人だ。
「この前行った旅館のエサが」という女性。
「うちの人にエサを与えないといけないから」と言う女性もいた。
年齢はそこそこいっており、私が出会った女性達は60歳を超えていた。
聞いた瞬間に、『うわっ、恐ぁ~て、イタイ人やなぁ~」とゾワッとした。

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2009年6月21日 (日)

下ネタ好きの男性

どんな話題も下ネタになる男性がいる。
『固い』や『太い』の単語に、『息子』と出たら、「待ってました!!」とばかりに、「僕の息子も」と下半身の話に持って行く。

私の周りで、このタイプは50代以降の男性に多い。
『本気で言うてはんのやない。そやけど、度が過ぎて、こういう人、うちは敵わん』と、下ネタに走る男性の顔を見る。

一旦見てしまうと、こちらも次々に言葉が浮んでくる。
『受け狙いの話やと判っていても、不愉快になりまっせ。お宅さん、それが判りまへんか?』
『下ネタ連続トークをしてみても、この場はいっこも和めしまへんで』
この辺を思っている時は、少々不快な表情が出てしまう。

『なぁて、ちっとは空気読んでぇな』
『おっちゃん、おっちゃん、もぉ、やめときなはれ』
ここまでくると、呆れ顔になっているのが自分でも判る。
浮ぶ台詞を口に出したことはことはないけれど、心の中では色々と言葉を吐いている。

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2009年6月18日 (木)

電話を掛ける時間帯

高齢者が身内にいると、朝早くかかってくる電話にはドキンとする。
午前8時を回った頃、母から携帯に電話がかかってきた。
着信名を見た瞬間に、「おばあちゃんになんぞあったんや!」と思ったが、特別な用件ではなかった。
安堵した。
何しろ、祖母は97歳だ。「いつ何が起こったかて、おかしない」のである。

24年前の朝、電話が鳴った瞬間に、『おじいちゃん、逝てしもたんや』と思った。
予感は的中し、祖父は自宅で心臓発作を起こして、呆気なく亡くなった。

そんなこともあって、夜型生活の私は、午前9時を回るまでの電話のコール音には、ドキッとしてしまう。
「人さんに電話をする時は、そのお人に合わせて、時間を見てから掛けるよにしょ」
日常生活で、心に決めている事の一つだ。

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2009年6月17日 (水)

ポッドキャスティングの登録者、21740人を超えましてん

5月6日に『ポッドキャスティングの登録者が、20500人をこえましてん』と書いてから、一月(ひとつき)と十日余りが経ちました。
有難いことに、現在の登録者数は21740人を超えました。

この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。

情けの通う大阪弁を残しておきたいと、そんな思いで始めたポッドキャスティング。
「こないして、今日も"聞いたろか"か思てくれるお人がいてるのは、ほんまに幸せなこと」

登録者数の増えるのを見て、幸せを噛みしめるちゅうのも現金な話ですけど、正直な気持ちです。
皆さん、おおきに、有難うございます。

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2009年6月16日 (火)

他人の粗(アラ=欠点)

他人の粗(アラ=欠点)に目がいくことはよくある。
「あんた、よぉ言うわ。自分かて、悪いとこ仰山あるやろ」と言われれば、
「へぇ、ほんまに、その通りでおます」と返すしかない。
至らない所は山ほどあって、「他人のアラに目ぇがいく前に、自分のこと、よぉ見てみ」と自身でも反省する。

それでも、「ここ、こない直したら、もっと塩梅いくのに」と思う人に出遭うと、『勿体ないないなぁ~』と、つい考えてしまう。
「ここ、こない直したら」と言うのは、ちょっとした言い様(よう)であったり、振る舞いであったりで、その人の魅力を上げるか下げるかに関わってくる。
けれど、大概は言わない。
かなり年下で、余程、「この子、根ぇが素直やな」と好感を持つ人物でないと、「こない言うた方が、相手にやんわり伝わって、お宅の印象もええよに残ると思うけど」とは伝えない。

伝える際は、『お節介やわな』と思っているのである。
それでも『お宅さんの持つええとこ、生かしたらよろしがな!』と、相手を見た上でどこか感じる“歯がゆさ”も手伝って言ってしまう時も、年に何遍かある。

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2009年6月12日 (金)

おくり人とお茶の子

母から、近況報告の電話がかかってきた。
数分間話した辺りで、急に亡くなった松尾の祖父の事が話題になった。
「そない言うたら、おじいちゃんのそぉれん(葬礼=葬式)の折は、仰山、人来てくれたさかい、お茶の子が足らんだらあかんと、それが気になって」と思い出したようだ。
話を聞きながら、『“お茶の子”も使わん言葉になったわ』と感じた。

お茶の子とは、<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にも、『茶うけ。茶菓子。転じて、仏事供養の配り物をいう』とある。
つまり、見送りに来て下さった方に、喪主側から心ばかりの品を用意して渡すのである。

「生きてる内は判らんかったけど、人が泣いて見送ってくれるやなんて、おじいちゃんのこと、見直したわ」と、母は思いを込めて言った。
舅が逝って25年経っても、母の中には、かなりの数のお茶の子を配り終えた達成感と、舅の善き所をとんだ所で気付いた喜びがあるようだった。

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2009年6月11日 (木)

鼻につく自己紹介のプレゼン

例えば、自己紹介は、自分の価値を相手に伝えるための立派なプレゼンだ。
私の場合なら、「うち(=私)の売りはここですねん」と相手に判りやすく伝えて、
「ほな、一遍つこたろか(=使ってやろうか)」という気にさせる必要がある。

過日出会った男性は、自己紹介のプレゼンを、「こうしたらウケル」と思い込んでいるようだった。
街角で出会ったその男性は、「こんなとこで出会うとはな。僕は、病院からの帰りで」と言った。
年齢は60代で、人からはずっと「先生」と呼ばれてきた。
「どこかお悪いのですか?」と問いかけると、「ここ」と自分の頭を指した。

男性がこうすれば、大概の人は、「まぁ、せんせ、そんな事、よぉ言わはるわ。せんせみたいに賢い人が、ここ(頭)やなんて。ホホホホホ~」と返してくれるのだろう。
『そない言うて持ち上げて欲しいのがミエミエで、うちは、そんな事、よぉ言わんわ』
にこやかに頭を指さしている態度が鼻につき、「お帰り、お気をつけて」と頭を下げてその場から離れた。

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2009年6月 9日 (火)

大阪弁:『なずる(撫ずる)』

今年で51歳になる私は、5歳まで同じ年頃の子供達と全く遊んだことがなかった。
明治生まれの祖父母をはじめ、周りは大人ばかりだった。
言葉の数は、喋りかけて貰った小児語よりも、大人達の間で交わされる古い大阪弁の方が記憶に残っている。

文字は、案外早く読めるようになっていた。
毎日、新聞の隅から隅まで読む祖母の側で、「この字ぃは?」と指しては、「それは“ま”や。“まつお”の“ま”や」と教えて貰った。
『読む』が先行していたが、その内、祖母が、「字ぃをなずったら、書けるよになるで」と言うので、少し大きく書かれている文字を見つけると、ボールペンでその上をなずる(撫ずる=なぞる)時期が続いた。

「“なずる”という言葉も、とんと(=全然)聞かんよになってしもて」
一人遊びの続いた幼少期を思い出すと、古い大阪弁が次々に出てくる。

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2009年6月 7日 (日)

書いたもんさえ交わしてくれぬ在阪物書き事情

亡き祖母は、明治生まれで、「いかんもん(駄目なこと)は、いかん」と、はっきり言った。
40数年前は、まだその祖母もしっかりしており、町内や親戚の人達から相談を持ち込まれることが多かった。
「おばさん、まぁ聴いて」
「いそがしのに、えらいすまんこって」
こんな言葉が先にあって、
「実は、その……」と、相談に来た人達は本題に入った。

えらく揉めている話の時は、「そやけど、あんさんかて、そんな大事なこと、一筆(いっぴつ)とっておかなんだらあかんがな。なんちゅうても、書いたもんが物言うさかい(="いざとなったら、書面にしたものが証拠になる"の意味)」
当時、おませな小学生だった私は、漏れ聞こえる大人の話から、「一筆とる」や「書いたもんが物言う」という言葉と意味を覚えた。

ところがである。
在阪の物書きは、この『書いたもん』=『契約書』を交わして貰えない。
「口約束だけのこの世界で、今まで泣いたことは、何遍あるかしらん?」
数えるのも腹が立つが、これが在阪の物書きが置かれている現状だ。

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2009年6月 4日 (木)

“昼下がりの情事”、みたいな

ラブホテルは、神社の近くにあることが多い。
大阪 ミナミに近い高津神社の近くを歩いていた。
途中で、50代の男性と、『若作りはしているけれど、う~ん、40は超えてる』と見える二人連れと並んで歩くことになった。

二人は手を組み、いかにも慣れ親しんでいるように振る舞う。
が、それが却って“今日、初めておうた(会った)”と私には感じられる。
『この何とも言えん微妙な距離感。“昼下がりの情事”と呼ぶほどの、甘さも切なさも、いっこも感じへん』

交差点で信号待ちをしている間、男性は大きな買い物の話を女性に振った。
女性は小躍りして、「まぁ! それは良い買いもんですわ。うわ~ッ、最高ですねぇ~、ヒャァ~」と叫んだ。
『これも、ビジネスマナーなんや』と、感心した。

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2009年6月 3日 (水)

梅雨に雷、ゴロゴロサン

雨の日が好きだ。
「もうすぐ梅雨やて。またジメジメした日ぃが続いて、いやんなるなぁ」
周囲では、こういう声が聞こえるが、
「うち、この季節が好きやねん」
と言う。

昭和40年代に入る少し前だから、私は5.6歳になっていた。
祖父母は、雷が鳴ると居間に蚊帳(かや)を吊ってくれた。
「ほぉれ、ピカッと光った!」
「ゴロゴロサン(=雷さん)がお臍とりに来るわ。はよ(=早く)、蚊帳に入り、入り」
急かされるのも楽しかった。

梅雨に雷。
「いつまでも思い出すもんやなぁ~」
そんな事を、天気予報図を見ては思っている。

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