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2008年7月

2008年7月31日 (木)

大阪弁:おちょうず(御手水=お手洗い)

今思えば、体に一つも良い事はなかった。
40年ほど前、亡くなった明治生まれの祖母も、その頃はまだまだ元気だった。
その祖母が外の出ると、家に戻るまでお水を飲まなかった。
他所のお宅で出されたお茶は、「えらいすんまへんな」とよばれていた。
が、「おばあちゃん、よそのお水飲んでるの、見たことないなぁ」と振り返っている。

明治の生まれなら、当然、井戸水での生活が長かったはずだ。
「井戸水の状態のええときも、悪いときもあったのやろか?」とも思う。
それに、「おばあちゃん、外に行ったら一遍もおちょうず(御手水=お手洗い)行けへん」とも言っていた。

現在なら、1日1.5~2リットルのお水を飲むように言われているのに、それに反する生活を続けていた。
猛暑に、そんなことを思った。

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2008年7月30日 (水)

ちょっと一杯

7/28、午後4時を過ぎた頃だったろうか。
大雨に遭った京都から阪急で戻ってきて、JR大阪駅に移動した。
駅構内では、「現在動いているのは、環状線だけです」と、アナウンスが繰り返し流れていた。

「なんで? 大雨の影響やろか? それとも落雷?」
流されるままに、改札口を通り、環状線のホームに立った。
そこに電車が、かなりスピードを落して入ってきたので、そのまま乗り込んだ。
電車は“京橋止まり”だった。

京橋のホームに降り立つと、公衆電話で話す男性に目が行った。
60代半ばの男性は、次第に声が大きくなる。
「いんや(いいや)、そやからな、電車がいごかん(動かない)のや。何でかって? よぉ判らん。今、直しとぉる。完全に直るんは、いつのこっちゃ判らん。うん、そや。一遍、駅出るさかい……」
自然と、おっちゃんの大阪弁に微笑んでいた。

おっちゃんは野球帽を被り直し、改札の方に歩き出した。
『これは一杯やってから帰らはるわ』
足取り軽く行くおっちゃんの後ろ姿を見て、そう思った。

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2008年7月29日 (火)

思わぬ出費

昨日の雨は凄かった。
京都で仕事を終え、「そや、ついでに鳩居堂に寄って帰ろ」と、歩いていた。
ポツポツと雨も降っていたし、雷も光っていた。
「ついそこや(=すぐそこだ)」と、先を急いだ。
でも、雨脚の方が早かった。

雨の勢いが激しくて、路面が白くなるほどだ。
「あの辻さえ越えたら、店に辿り着く」と、一時避難したビルの軒先から出た途端、バケツの水を被ったように全身ビチョビチョになった。
「これでは行かれへんわ」
ワンピースの裾から雨の滴が垂れていた。

地下街に入り、先ず下着を買った。
セール品の洋服を見ている内に、薄物のワンピースは乾いたが、綿のジャケットは依然濡れていた。
カーディガンを買って、その場で着替えた。
体は温まったが、「えらい物入り(=出費)で」と心は冷えたままだった。

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2008年7月28日 (月)

百まであとチョィ、3人寄れば

96歳の祖母は、月に何度かデイケアセンターに通っている。
向こうに行けば、話し相手もいるし、食事も出る。
「ほんま、ええとこや」と喜んでいる。

通ってくる中に、同じ年の女性が2人いる。
「3人で、仲よぉやってる」と、祖母は言っていた。

ある日、この3人が楽しく喋っていると、周りに70代~80代の人達が寄ってきた。
「この3人の中で、誰が一番はよ死ぬと思う?」
平然とそんな振りを周囲にして、百まであとチョィの3人はしばらく様子を見ていた。
誰も何も言えないのがおかしくて、「3人揃て、ケラケラ笑ったのよ」と祖母は思い出したように、またクククッと笑った。
笑っておいて、「みなの前では、この私が一番先逝くとゆうたけど、それでもな、後4年は大丈夫」と言った。

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2008年7月27日 (日)

大好きな「ほぉか」

大阪弁の「ほぉか」とは、「そうか」と同意するときに使う言葉だ。
会話の中では、「ほぉかぁ」と語尾がやや伸びて、音が落ちながら消えていく。
なんともまったりした言葉だ。

今は、この「ほぉか」を日常的に使う人は珍しい存在になった。
私の場合、「こんな事がありましてん」と喋ると、「ほぉかぁ」と言ってくれる人が一人だけいる。
その人の「ほぉかぁ」を聞く度に、心が落ち着く。
喩えて言うなら、温泉に入るより心地よい状態になる。

とはいえ、この方もご高齢だ。
猛暑の中、今日もお元気と祈っている。

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大阪弁の危機 1

「osakaben_no_kiki_no_ohanashi_1.mp3」をダウンロード

大阪弁は、辻一つで言葉が変わる。
その言葉の違いは、はっきり区別できるものだった。

しかし、現在は、そういうこともなくなり、“けったいな大阪弁”や“汚くてきつい大阪弁”がはびこっている。

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2008年7月26日 (土)

大阪弁:食らい抜け(=大食漢)

食べても食べても太らない人がいる。
反対に、「水飲んでも太んねん」という人もいる。

身体の変化は加齢と共にあって、私にも食べても太らない時期があった。
代謝が活発な頃は、「この子ぉ、ほんまに食らい抜け(=大食漢)やな」と、家の者に言われた。
ところが、40歳を過ぎると、ガラッと事情が変わってきた。
「食べた分だけ、肉付くわ」と言っていたのが、「肉が肉を呼ぶ」になり、「どないもこないも」と、脇腹を摘んでは情けなくなる。

「“食らい抜け”なんて、遠い日の話やわ」などと愚痴ながら、猛暑にもめげず、食欲は変わらない。

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2008年7月25日 (金)

おぼこい子ぉ&しっかりした子ぉ

地下鉄の先頭車両に乗ったところ、小学校高学年の一団が立っていた。
出入り口手前に男子グループ、その後方に女子グループという位置だった。
1グループは4人前後。
女子に比べ、男子の方が背が小さい。
『この時分は、こんなもんやわ』と、娘の小学生の頃を思い出した。

男子達は、キャッキャと騒ぎ、ペットボトルで仲間の誰かの頭を小突いている。
「やかましなぁ」と注意するほどのものでもなく、むしろ「なんとまぁ、おぼこい(=うぶ)子ぉらやこと」と微笑ましかった。

女子達はそんな男子達の様子に、「ホトホトあいそ(愛想)が尽きました」という表情を浮かべていた。
そして、時々、周囲の誰にともなく、「えらいすんまへん」というように、僅かに頭を下げていた。
『同い年でも、この年頃は、こないに違うんやな』
感心しながら、この二つのグループの様子を見ていた。

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2008年7月24日 (木)

出戻り娘が喜ばれ

炎天下、妹と墓参りをしてきた。
草が伸びており、短時間で綺麗にしようと、互いに一気に引き抜き始めた。

墓石は焼け石のようになっていた。
「これは、ご先祖さんかて暑いやろ」
二人で言いながら水を掛けるが、すぐ乾く。

墓掃除の最中、妹が言った。
「姉ちゃんが松尾の姓に戻って、ご先祖さん、皆、喜んでるわ」
他人が聞くと謙虚さが足りないように感じるかも知れないが、「うちかてそない思うわ」と答えた。
私も妹も他家に嫁ぎ、姓が変わった。
松尾の姓は、父の代で終わると考えていた。
ところが私が離婚して、元の姓に戻り、松尾姓の最後は父の代から一代先に伸びた。
「けど、うちでほんまに終わりやわ」と言うと、妹は笑っていた。

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2008年7月23日 (水)

行きはよいよい

歩道を歩く私の傍を、2台の自転車が通り過ぎていった。
その時擦れ違った母と息子の声が耳に残った。
母は30代で、息子は10歳前後だろうか。
二人とも、それぞれ自転車に乗ったままで、会話を続けていた。

「そやからな、行きはよいよいやってんけどな」と息子が言った。
母は「ふうん、そうかいな。ほんで?」と問い返した。
息子は、「そやけどな、帰りがしんどかってん」
そこから先の話は、私との距離が空いてしまって判らない。

口汚い大阪弁が横行する時代になり、「なんでこんな言葉遣いやねん」と悲しい毎日だった。
けれども、こんなにきれいな会話の出来る親子もいる。
久しぶりに晴れ晴れとした気分になった。

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2008年7月22日 (火)

鶴の孫何人?

『鶴の孫(つるのまご)』とは、いかにもおめでたい表現の大阪弁だ。
意味は、曾孫の産んだ子=曾曾孫のこと。

96歳の祖母には、曾孫が4人いる。
「うっとこ(わたしの所)に2人、うちの妹のとこに2人。皆、20歳超えたわ」
誰が結婚してもおかしくない年頃になった。

「鶴の孫も抱けるかもしれん」と祖母が言い出したのは、うちの娘が、高校生の頃だった。
それから、毎年、「鶴の孫」という言葉を口にするが、早く「鶴の孫」の顔を見たいというのではない。
それほど長生きしてしまったと感じた時に、この言葉を用いる。

幸い、祖母は今夏も元気に過ごしている。
曾孫の内、まだ誰も結婚の話が出ていない。
それでも、「長い人生の最後に、おばあちゃん、何人目の鶴の孫を抱くことになるのやろ?」と、この頃思う。

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2008年7月21日 (月)

見慣れんもん

地下鉄に乗り、扉の近くに立った。
直ぐ横に立つ女の子の足許を見て、「ひえっ!」と声を出してしまった。
紙袋に、頭部がゴロンと入っている。
「まさか、人の頭持って、この子、移動してんの?!」
数秒間、頭の中で色んな事件が流れていった。
目をこの子の背中に移すと、美容学校の文字が入った鞄があり、「あぁ、練習用の頭部なんや」と安心した。

次に環状線に乗った。
向かいに座る若い女性が、首から上の人形を持ち出した。
膝の上に乗せ、綺麗な指でフェィスマッサージの練習を始めた。
人形と判っていてもドキドキとしながら、「はぁ~」と、彼女の滑らかに動く指の動きを見つめていた。

「見慣れんもんは、やっぱりびっくりしてしまう」のである。

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2008年7月20日 (日)

「~ですやんか」と「~でっしゃろ」 2

「dettusyaro_no_hanashi_2.mp3」をダウンロード

ベタベタの大阪弁が、今の大阪にはない。
イントネーションも違う、アクセントも違う“けったいな大阪弁”が殆どだ。

しかし、この悲しい変化の現実を止めることはできない。

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奇跡の自転車“二重丸くん”

自転車を、また盗まれた。
「駐輪所に、ちゃぁんと鍵かけてあってん」
娘はそう言うが、ここ一週間ほど使っていなかったようだ。
「ほな、いつ盗られたんか、はっきりせぇへんなぁ」
11年間で盗難自転車総数40台になった。
『記念すべき40台目』と、自転車のなくなった駐輪所に立ち、思った。

夜になって、娘と共に一駅先のスーパーに歩いて行った。
「行き帰り、目ぇ皿のようにして歩くわ」と私。
「うちも、勿論や」と娘。
『あるはずもないやろけど』と思いながら、道路脇の放置自転車を見て回った。

帰り道、「あれ? あの自転車、ひょっとしたら?」
娘が、植え込み近くに1台だけポツンと立っている自転車を見つけた。
「あったわ!!」と叫んで「見つかったわ!」と喜んだ。
「お前、ほんま、よぉ帰ってきたな。えらかった、えらかった」と私も自転車を撫で、「今夜から、お前の名ぁは、“二重丸くん”や」と命名した。

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2008年7月19日 (土)

大阪弁:『グサグサ』

簡易のパテーションを買ってきた。
壁に取り付けて、ハンガーにするつもりだ。
買うのは良いが、組み立てるのは苦手だ。
それでも「やってみまひょ」と、荷ぃを解いた。

案の定、手間取った。

「このネジ、グサグサやわ」
大阪弁で緩い様を意味する『グサグサ』という言葉も出てきた。
何度も言っている内に気が付いた。
「ネジ、使うとこ、まちごてるわ」

結局、娘に組み立てて貰った。

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2008年7月18日 (金)

大阪弁:『へたる』

『へたる』という大阪弁は、「座り込む」という意味の他に、「弱る」や「消耗する」「摩耗する」ということも表す。

水洗トイレの水が止まらなくなったのが6/30のこと。
「パッキンがへたってしもてるんとちがうやろか?」
現在の住いは賃貸マンションだ。
大家さんに言って取り替えて貰おうと連絡をしたが、その後の動きがない。
先月末以来、トイレを使用後、毎回バケツで風呂の残り湯を使って流している。

たしかに不便だ。
「けど、今月、なんぼほど水道料金へってるやろ」と思うと、少し嬉しくなる。
楽しみは、どこにでもある。

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2008年7月17日 (木)

ずっと開脚状態

電車内で向かいの座席に座る20代半ばの女性は、ずっと開脚状態のままだった。
締まりのないその脚が気になる。
彼女の周りの女性達は、脚を組んだり、買い物袋を膝に置いたりしているが、だらしない開脚の恰好している人はいなかった。

『膝頭、合わさんかいな』
『女の又に力と書いて“努力の努や。座り姿をきれいに保つ努力できんか』
無神経な開きっぱなしの足に、何だか腹が立ってきた。

彼女のだれきった脚は、ずっと閉じることはなかった。
『やっぱりそれはあかんわ』
下車駅手前で立ち上がり、『膝閉じろ、膝閉じろ』と念じてみた。
無駄だった。
腰がずり落ち、開脚度合いは更に広がった。

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2008年7月16日 (水)

男のおばちゃん2代目

20年ほど前の話だ。
「孫も、あんた、5つともなると、そら、にくそい(憎相い=憎たらしい)こともいゆうのよ」
内孫を溺愛していた奥野のおっちゃん(仮名)が、そんなことを言っていた。

この奥野さんは、皆から『男のおばちゃん』と呼ばれていた。
「奥野さんにゆうたら、あっと言う間に広がるわ」
「町内のことは、あの人のたんねたら(尋ねたら)、なーんでも教えてくれるで」
と、町内のおばちゃん達は言っておきながら、
「男のしゃべりはみっともないわ」
この一言で幕が下りるのが常だった。

「奥野はん、自分とこ(所)の孫に、にくそいこと言われるちゅうのも、お笑いやな」と誰かが言えば、
「あそこの孫さん、奥野はんとおんなじ(同じ)喋り方すんの。フフフ」
「あの分やったら、おじやんのむこ行くわ(=おじいさんを超えるわ)」
当時、そんな話が出ていた。

20年経って、このお孫さんは大きくなり、おじいちゃんと生き写しの喋り方をしているそうだ。

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2008年7月15日 (火)

♪ピカピカの一年生♪

いつも行くスーパーの魚売り場で、初めて見る男性が気になった。
『60歳は過ぎてはる』と思った。
いかにもデスクワーク一筋という感じがした。
魚売り場の係の女性と話を交わしながら、やっと買う魚を決めた。
「はい、それじゃ、この魚、腹、出して。あっ、煮付けにするの?」と問われると、男性は困惑した表情を見せた。
「煮付けるんだけどね、出汁、どうするんだろう? これ入れたら煮魚になりますって調味料はないかね」と言いながら、男性は、その後、調味料コーナーに消えていった。

『お料理一年生なんや』と密かに思った。
スーパーの籠を持つのも、まだまだ様になっていない。
戸惑いながら店内を見て回る姿も、「なんせ、不慣れなもんで」と言っているようだ。
♪ピカピカの一年生♪という歌が浮かんできた。

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2008年7月14日 (月)

ビジネスマナー:メール送信後の念押し電話

原稿は、ほぼ100%添付ファイルにして、メールで送っている。
送った後、先方の事務所に電話を入れる。
「お世話になります。ライターの松尾成美です。○○さんはいらっしゃいますか?」
担当者は大抵忙しくて、事務所に不在の事も多い。
不在と判れば、
「左様ですか。では、お伝え願えませんでしょうか」
送ってあるメールの内容を伝えて
「お手間お掛けいたします。どうぞよろしおたの申します」
と言ってから、電話を切る。

原稿内容について携帯電話で連絡をする時は、“よっぽど急用”の時だ。

大切な原稿、大好きな仕事だからこそ、メールの送信後に電話を1本入れる。
『確認しといてな』と念を押すのと同じことだ。
送りっぱなしで、「さぁ、もぉええわ」とは思わない。

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2008年7月13日 (日)

「~ですやんか」と「~でっしゃろ」 1

「dettusyaro_no_hanashi_1.mp3」をダウンロード

「~ですやんか」は、元は人を正すときに使う「~やないか」の訛ったもので、女性の言葉だった。
ところが、現在は中高年の男性でも使う。

語尾だけがきつく耳に残る「~ですやんか」に比べ、以前は広く使われていた「~でっしゃろ」という大阪弁は、諭す気持ちが品良く伝わる言い方だ。

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流れるように続く大阪弁:『こぉつと』

『こぉつと』という大阪弁は、「はてさて」や「では」の意味を持つ。

例えば、Aさんの前に、○子さんと◆子さんが座っていたとしよう。
Aさんは、○子さんの話を聞いていたが、◆子さんも何やら話があるようだ。
そうすると、Aさんは○子さんの話を大方聞いた後、「こぉつと」と言って、「◆子さんかて、話あるんやろ?」と問いかける。
問いかけながら、まだAさんの中には、○子さんの存在も残っている。

こんな具合だ。
『さて』のように、話や考えを分断してしまう言葉ではなく、大阪弁の『こぉつと』は、思考が流れるように続く様を含んでいる。

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2008年7月12日 (土)

ゲラ(=笑い上戸)で苦しむ

大阪弁で『ゲラ』と言うと、「笑い上戸」のことを指す。
母は、あいそ(愛想)が良い。
商売をする上で、その点は充分発揮されてきた。

ところが、こんな事を言う。
「お母ちゃん、人の顔見たらニコッと笑うようにしてきたやろ。そやけど、葬式が困る。顔合わしてお悔やみゆうてんのに、笑えてくるの。こんな不謹慎なと思うのに」
『ここでわろたら(笑ったら)、あかん、あかん』と思うほど、今度は、「ゲラ(笑い上戸)やよって、頬が緩んできて。さぁ、もぉ、こないなったら、しんどい、しんどい」
その様子を語りながら、一人笑っていた。

ゲラで苦しむ母を思い出す度、こちらもゲラゲラと笑い出してしまう。

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2008年7月11日 (金)

感謝の伝わるご挨拶

挨拶する姿にも人柄が出る。
マナー研修で受けた通りの挨拶をする若い人達は、「いっしょぉけんめぇ(一所懸命)やってはる」と、微笑ましく感じる。
ところが、30代になると、この型どおりの挨拶に違和感を覚える。
「形だけ、ちゃぁんとしてたらええのやろと、うちにはそない見えてしまう」のである。

「有難うございました」
「お目に掛かれて嬉しゅうございました」
心から思ってする挨拶には、こちらに伝わるものが違う。

「まぁまぁ、松はん、よぉお越しで」
すでに亡くなったが、“白浜館のおばあちゃん”と呼んでいた女性の声が蘇る。
彼女は、船場で生まれ育ち、縁あって南紀 白浜で旅館の女将をしていた。
祖父母と行くと、第一声が「よぉお越し下さいまして」だった。
その後、「イト(お嬢ちゃん)、がっこ(学校)、どないだす?」とか、「また背ぇ伸びはりましたなぁ」と声を掛けながら、部屋へ案内してくれた。
部屋に入ると、正座をして女将としての正式挨拶をする。
幼い頃から、その姿を幾度となく見てきた。
『感謝とは、こういう事なんや』と、毎回、心洗われる思いがした。

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2008年7月10日 (木)

大阪のシャレ言葉:去年の暦で、当てにならぬ

「そや、いつぞや(何時ぞや=かつて)、お祖父ちゃんが宝くじをこうて来て(買って来て)、これ当たったら、お祖母ちゃんには何こうたる(買ってやる)、成美にはこれこうたると、そんな事ゆうたわ」

35年程前だ。
当時、私は中学生で、この日の様子を覚えている。
祖父は上機嫌で、宝くじを神棚に置き、当たったも同然のように家族中に「こうたる、こうたる」と言って回った。

祖母がそんな様子を見て笑いながら、「去年の暦みたいなことゆうてから」と言った。
「えっ? 何? 去年の暦?」と問い返すと
「フフフ、去年の暦で、当てにならんということや」
こんなシャレ言葉を教えて貰い、「へぇ~、お祖母ちゃん、巧い事言うなぁ」と感心した。

大阪のシャレ言葉は、ちょっと考えてから「うん、成る程!!」と合点がいく。
祖父母が時々使っていたお蔭で、今でもほんの少しだがいくつか思い出す言葉がある。

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2008年7月 9日 (水)

夫婦の妙(みょう)

父は、とにかくバタバタと動く。
母は、「お父ちゃん、ほんまにもぉ。酉年の男は、しゃぁないわ」と言いながら、父の行動に寄り添っている。
とはいえ、頭の回転の早い母は、「こないしたら、お父ちゃんは喜ぶ」というツボを、ちゃんと心得ているので、夫婦仲はとても良い。
父も「お母ちゃんあっての俺」と心から思っているので、そこが母には、夫であると同時に「かいらしい(=可愛い)人」でもあるようだ。

食事の時など、熱いお茶だと判っているのに、一口飲んで、「ウワッ、熱いやないか!」と叫ぶ父。
母は、「ほな、フ~フ~して飲みやとゆうたらよろしのか? ハハハ」と笑い飛ばす。
『フフフやのぉて、ハハハや。やっぱりうっとこ(うちの家)、お母ちゃんの方が上やわ』
こう思ったのは、今から40年ほど前、10歳前後の頃だった。

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2008年7月 8日 (火)

大阪弁:『なんぞごと(何ぞ事)』

「だいぶ前の話やで。ある人がな、初めて心斎橋に行って、その人の多さにびっくりしてしもて、『なんぞごと(何ぞ事)でもおましたんか?』と、周りの人に聞いたとゆうのや。そら、あの仰山の人の流れ見たら、無理ない話やわ」
45年ほど前、丁度、今時分は、雨の日が続けば、祖母との語らいの時間も増えた。

大阪市内は、今朝から雨が降っている。
目が覚めた6時には曇っていたが、まだ雨は降っていなかった。
7時半頃、ご近所のイト(お嬢ちゃん)の「雨、降ってきた~」の声と共に、ザーッと雨音が聞こえた。

雨の音に可愛い声と、私が5歳の頃の光景を思い出す材料が揃ったのだろう。
今朝は、祖母の何でもない話が蘇る。

「“なんぞごと”という言葉も、懐かしいわ」と思う。
大阪弁の『なんぞごと(何ぞ事)』とは、「何か特別な事」という意味だ。
「何か特別な事」と言っても、佳き事よりも、例えば「事件」や「事故」など、どちらかと言うと不安な気持ちが含まれている言葉だ。

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2008年7月 7日 (月)

大阪弁:『うち入りが悪い(家入りが悪い)』

外面のええ人(外面が良い人)は、世の中に沢山いる。
「うちのお父さん、外ではあいそ(愛想)よぉしてても、うち(家)に帰ってきたら、さっぱりで。一体、何怒ってんのやろ? と思うわ」
こう話す人に、「外面がええのやな」と言うと、
「ほんまに、そうやねん」
我が意を得たりとばかりに、喋っていた人は大きく頷く。

『外面がええ』と同じ意味の大阪弁に、『うち入りが悪い(家入りが悪い)』という言葉がある。

周囲で使われている大阪弁では、『うち入りが悪い』という表現を余り聞かなくなった。
『外面がええ』の方が、今を生きる話し相手には、ピンとくるようだ。

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2008年7月 6日 (日)

「うまい」やのぉて「美味しい」でっしゃろ

テレビで流れるグルメレポートに、いつも「それはないわ」の思いを抱く。
「うまい!」と発する女性の、なんと多いこと。

もしも私が「うまい!」と言ったらと考えた。
明治生まれの祖父なら、「女子(おなごが)うまいやなんぞ、ゆうもんやない!」と一喝するかもしれない。
船場で生まれ育ち、生前に可愛がって貰った女性なら、「うまいやなんて、イト(お嬢さん)、そんな事、ゆうたらあきまへん。美味しいとゆう言葉がありまっしゃろ。美味しいとゆうておみやす(美味しいと言ってごらんなさい)」と、はんなりした大阪弁に、押さえる所はビシッと押さえる言い方で注意をしたかもしれない。

「うまい!」と言う女性を見る度、毎回、『"うまい"やのぉて、"美味しい"でっしゃろ』と心の中で呟いている。

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「メッチャ」に「ムッチャ」、それはないやろ

「meccha_muccha_no_hanashi_2.mp3」をダウンロード

「メッチャええわ!」「ムッチャうまい!」
今や、褒め言葉の最上級のように使われている「メッチャ」に「ムッチャ」

元々は、「そんなメチャメチャなことして」とか、「ムチャムチャにされてしもた」と、相手を批難する時や、悲しみを表現する時に使っていた。
それが、いつの頃からか、褒め言葉に変化してしまった。

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2008年7月 5日 (土)

口は禍の元でっせ

私は、父方の松尾の祖父母に育てて貰った。
明治生まれの祖母は、寅年で、本名は“トラヱ”。
嫁いで姓が変わり、「姓名判断で見てもろたら、画数が“トラヱ”より、こっちの方がええさかい」と、“茂代(しげよ)”と名乗った。

今から50数年前。
うちの両親の見合いの席でのお話を一つ。

母の母(私の祖母:現在96歳)は言った。
「姑には苦労しましてな。その姑、寅年生まれのお人で、そらもぉ、干支の性格通り、気ぃのきついこと、きついこと」と話した。
“松尾茂代”の名前で座っていた祖母は、一言、「わて、寅年だす。戸籍は、今でも“トラヱ”ですのや」
座は一瞬にして静かになった。

70歳を過ぎた母は今でもこの光景を思い出すようで、「口は禍の元やで、ほんまに」と、その都度言っている。

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2008年7月 4日 (金)

御礼“ポッドキャスティング登録者数1万人突破”

ポッドキャスティングの登録者数が、1万人を突破した。
「有難いなぁ」と、ほんまのほんまに思っている。

「どないしたかて、大阪弁の音は、文字では書ききられへん。これ、どないぞして、ちゃぁんと伝えること、できへんもんやろか?」
と考えていたところへ、「ポットキャスティングというのがある」と教えて貰った。
「へぇー、そんなええもんあるの? やってみるわ」
「やってみるわ」と言ったのは良いが、「何、揃えたらええの? どないして、インターネットで配信するん?」から始まった。

「こんなうちでも(私でも)出来た」というのは、嬉しかった。
そして、7月早々、1万人を超える登録者数になったのは、「ほんに(本当に)めでだいこと。なんちゅうてお礼ゆうたらええのやろ」と思う。

改めまして、ブログを読んで下さる皆様、ポッドキャスティングを聴いて下さる皆様、心よりお礼申し上げます。
今後とも、どうか、よろしおたの申し上げます。(よろしくお頼み申し上げます)

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2008年7月 3日 (木)

けつ(尻)のつく大阪弁:尻割る・尻拭く・尻捲る

大阪弁で「けつ」と言えば、一番しまい(最後)のことを指す。
漢字は「尻」の字を使う。

決して品の良い表現ではないが、けつ(尻)のつく大阪弁は幾つもある。
例えば、「けつわる(尻割る)」は、今でも年配の人が使っている。
「なんや、あいつ、この前勤め始めたばっかりやったやろ。それが、もぉけつ割ってしもたんか」
このように使い、意味は「投げだす」ということ。

「けつふく(尻拭く)」というのは、不調法をした本人になりかわり、後始末をつけること。
「けつまくる(尻捲る)」とは、不調法をした本人が開き直って、諦めてしまうことを言う。

「まだなーんにもわかれへのやさかい、そら失敗もするがな。けつふく(尻拭く)くらい、どうちゅうこともない」
こんな風に言われるなら、“不調法をした本人”に、将来の見込みがあったり、気立てが良かったり、何らかの良い所がある。
ところが、「けつふかなしゃぁないがな。そやけどなんやで。なんぼまいこと(巧い事)できんゆうてもやな、けつ捲ってどこ行てしもたか判らんちゅうのも、難儀なやっちゃで」
こうなれば、けつを捲って姿を消した“不調法をした本人”に、好意的な感情は生まれない。

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2008年7月 2日 (水)

色気より食い気

「あいぜんさん(=愛染祭り:あいぜんまつり)、始まってたんやなぁ」と、昨日、外から戻ってきた娘が言った。
大阪の夏祭りは、七月一日のこのお祭りから始まる。

小さな頃は、お祭りが好きだった。
祖父に手を引かれ、祖母の縫った浴衣を着せて貰い、下駄を履いて出かけた。
しかし、大人になってからは、余りお祭りに出かけていない。

娘達の浴衣は何枚もある。
「なんでこないあるのやろ?」と思うほどある。
目についたら、値段を見て、「おっ、これは安いわ」と思うと、長女と次女にと2枚ずつ買っていたせいだ。
ところが、自分の浴衣がない。
「こうて(買って)みよかな」と一瞬考えたが、「浴衣買うなら、食料品買う方にあてた方がええわ」と現実的な答えになった。
「色気より食い気やなぁ~」と、多少の情けなさも感じながら、笑ってしまった。

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2008年7月 1日 (火)

大阪弁:『ちょっと来いに油断するな』

家の中で、「ちょっと来てー」と声をあげることはよくある。
「○○やさかい来て」と、具体的な事を言わず、ついつい「ちょっと来て」で済ましてしまう。

『ちょっと来いに油断するな』という大阪弁がある。
意味は、「ちょっと来い」の軽い調子の一言に安心してホイホイ行くと、用事を言いつけられたり、お小言が始まったりと、良いことが起ることなど少ないのだから、用心しなさいというものだ。

この言葉は、亡くなった祖母が日常使っていた。
ある日のこと、「ちょっと来てんか」と祖母が言うので、部屋に行った。
「フフフ、ちょっと来いに油断するなとゆうのやで」笑いながら、「そやけど、おばあちゃんのちょっと来いは、なーんにも用事ゆうばっかりやないで」
ポチ袋を差し出して、「これな、とっとき」と、思わぬお小遣いを貰ったりもした。

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