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2008年6月20日 (金)

悲しき男心

母方の曾祖父は、明治初頭、百姓をしながら、紀ノ川を使って木材を和歌山市内まで運ぶ船頭もしていた。
この時代、長兄が家の全てを譲り受けるので、次男の曾祖父はやがて家を出る身だった。
終生『仏の亀さん』と呼ばれ、声を荒げたこともない。

私が3つの時、曾祖父は亡くなった。

『仏の亀さん』の曾祖父は、自己主張の出来ない人でもあった。
『小春さん』という良い仲の女性がいながら、長兄の決めた後の私の曾祖母と結婚した。
曾祖母はしっかり者で気が強い。
曾祖父は毎晩一合の酒を愉しみ、さりとて「もう一本つけてくれ」の一言は言えなかったようだ。

『仏の亀さん』が80才を過ぎた頃、60代に入った息子の繁市(私の祖父)に、たった一度だけ溢した言葉がある。
「小春にしといたら良かった」

全く、悲しき男心である。

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