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2006年9月

2006年9月30日 (土)

ほんま、おもろい

『もしも』の話をよくする。

ある日の娘への問いかけは、
「もしも、自分の力ではどうにもなれへんような、ほんまにおもろい事が起こったら、どんなこと考える?」
「・・・顔の黒子(ほくろ)が・・・黒子が勝手に、好きなところに移動したら、メチャおもろいと思うわ。あれれ?勝手に動き出した!ちょっと待って、今はやめてと思っている間に、顔の中央に黒子がぜーんぶ集まってしまうねん」と答えた。

更に『もしも』を重ねる。
「その時、もしも黒子が『えらいすんまへんな。今から動きまっせ』と喋ったら?」
「右の目ぇの下の黒子、口元の黒子、首から上にある黒子は、みーんな、鼻のテッペンに集まってやぁ。ここやでぇ~」と娘は呼びかけた。
「本人は黒子が動いたら困んねん。けど、黒子はツツツーっと、勝手に動いてしまう。運悪く目の周りに集まると、片方だけパンダみたいな顔になる」

「もしも、小指の先を切ったら?」の問いかけの答えは、時代劇モードだった。
「白血球が言うねん。曲者じゃ、出会え、出会えー!ばい菌め、成敗じゃ」
後を引き受けた私は、水戸黄門の世界を表現しようと、テレビのリモコンを振りかざす。
「チャーン、チャチャチャァン、チャーン♪ 静まれ!静まれぇ!ええい、この印籠が目に入らぬか。この方をどなたと心得る」
座っていては迫力に欠ける。
片足を座卓にかけ、サロンエプロンから片腕を抜こうとした。
『うん?これは遠山の金さん?』

「あんなぁ、誰が葵のご紋出すん?白血球は持ってないやろ」と、冷たく娘は言う。
折角調子が乗ってきたのに、このままでは引き下がれない。
が、手にしたリモコンも上がったままの片足も、どうしたらいいのだろう?

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2006年9月29日 (金)

大阪の地下街

病的に方向音痴だ。
ホテルのトイレに入ると、出口が判らなくなる。
初めて行く場所なら、必ず、グルグル回る羽目になる。
そのため、待ち合わせ時間より40分は早く着くよう家を出る。

数え切れないほど通っているのに、大阪の梅田界隈は、全く頭の中で地図が組めない。
「東梅田の駅を下車、そのまま泉の広場を目指し・・・」と、表示を見ながら地下街を歩いていたのに、また間違ってしまった。
已む無く、「この辺り、初めてなんです」という態度で、優しそうな人に道を尋ねる。
親切に教えて下さったので、よく理解できた。
「判った、判った」と、意気揚々と歩いていたが、人が多くて、肩や荷物にぶつかる。
ふと気付けば、さっきまで横に並んでいた大柄なおじさんが、二歩ほど前にいた。見事に人を交わして歩いていく姿に、「後ろについたらええわ」と、間隔を維持して進んだ。
波間を進む大きな船の後ろについた小船の如く、スイスイと進んで行く。
ところが、調子に乗り過ぎて、地下街で曲る角を通り越していた。
また、人にぶつかりながら目標の角まで戻った。
気を取り直して出発したが、数歩で、目の前に青々とした丸坊主の男性が出現した。
「なんとまぁ、清々しいオツム」と見とれていたら、地下街から地上に上がる階段を通過。
しばらく行ってから、「あれ?」と思い、近くの階段を駆け上がった。
地上には出た。
「ここ、どこやろ?」
すでに約束の待ち合わせ時間まで、5分を切っていた。

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2006年9月28日 (木)

大阪弁の「あほ」

「aho.mp3」をダウンロード

舞台美術家 竹内志朗氏との大阪弁放談。
大阪弁の「あほ」「あほかいな」をぶっちゃけます。
言われて嬉しい「お前、ほんまにあほやなぁ」は、まったり言うて欲しいねん。

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あの人は、今?

街中をパトロールする警察官の姿が目に付く。
「なんかあったんやろか?」と思うと同時に、思い出す光景がある。

2年前、マンション隣の駐車場で取っ組み合いの喧嘩をしている若い男女の姿を目撃した。

先ず、男が女の首を絞めそうになった。
「警察に通報せなあかんわ」と思った瞬間、女が男の脚を蹴り、次に男の腕を噛み、着ていたTシャツをビリビリに破いて脇腹や背中に爪を立て、猛烈な反撃に出た。
「あっ!また噛んだ」「男、女の手を押さえた」「爪痕が赤うなってきて、うわぁ、痛そう」と、思わず口走った。
男は、女をなだめすかそうとするが、女はわざと鏡を割り、破片で手首を切ろうとする。
それを男が「やめろや!」と制すると、今度はハイヒールを脱いで、他人の車に向かって思いっきり投げつけた。
ボンネットに当たると、『ボコン』と鈍い音がして、2足のハイヒールは地面にバラバラに転がった。
危険な女に手を焼く男は、ハイヒールを拾いに行き、女の足元に揃える。
諦め顔をしながらも、世話を焼く男に、「放っといたらええねん」と次第
に腹が立ってきた。

誰かの通報でパトカーが到着した。
「あぁ~、
間が悪い。悪すぎる。アチャーっ」である。

駄々ッ子のよう駐車場に大の字で寝た女の上に、上半身裸で、Gパンがずりおち、中のパンツがかなり見えている状態の男が、「起きろって、そんな所に寝るなって言うてるやろ」と女に圧し掛かった所だった。
やって来た警官二人は「おい、何やってるんだ!!」と叫び、男は「俺だけが悪いんかよ」と言い返した。
警察官は男と女を一旦引き離して、事情を聞こうとしていたが、女のおかしな行動は続き、警官達も「これは、かなわんな」と言った面持ちだ。
少し落ち着いたところで、やっとパトカーに乗って男も女も去って行った。

2年経過しても、「あの男の人、どないしてんのやろ?」と思う。

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2006年9月27日 (水)

あっぽ

公園の中を、3歳くらいの女の子が懸命に走っていた。
前髪を束ねたリボンが揺れ、タッタッタッと勢いが増す女の子の足。
と、小石に躓き、転んでしまった。
一瞬キョトンとして、口元が歪んだかと思うと、大きな声で泣き出した。
お母さんがやってきて、女の子を抱き上げ、「前見て、走らなあかんやろ」と言った。

小さな頃、こんな風に転ぶと、大仰に泣く私を祖母は抱いて言った。
「どこでこけた?うん?あの石に蹴躓いたんかい?よぉし、おばあちゃんが怒ってきたる。待っときや」
躓いた何の変哲もない石に、祖母は手を上げ、「あっぽ!」と軽く叩いた。
「さぁ、もうあっぽしたで。おばあちゃんが怒ったったさかい」
この辺りで泣きたい気持ちは治まった。
同時に、痛みもかなり消えていく。

柱の角で頭を打てば、柱に向かって「あっぽ!」と叩き、
「うちの孫に、たんこぶできたらどないする。あれっ、おでこ赤うなってるな。冷やしとこか」

自分は悪くない、人のせいにしなさいと祖母は言ったことはない。
「人からなんぞしてもろうた時には、おおきに。悪いことした時は、ごめんなさいと言うのやで」と教えられた。
その祖母の「あっぽ」の仕草と言葉が時々蘇る。
「あっぽ。ほれ、おばあちゃんが怒ったったさかい、もう大丈夫や」の声が、幾つになったも懐かしい。

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2006年9月26日 (火)

読み間違い、言い間違い

読み間違いというより、何度読んでも間違って目から頭に入る文字がある。

冬によく使う桐灰の貼り付けカイロは、パッケージが金色。きりばい きんきらきんと書いてあるのに、きりぱい きんきらきんきんきんと長く読んでしまう私のオツム。

“天然ウコン”は“天然ウンコ”
『おなかの内側の脂肪に』と書いてあるのはちゃんと読めるのに、商品名ナイシトールナゼフトールに変換されてしまう。

通販の受注オペレーターをしている時に感じたことだが、ある年代以上になると共通して間違って発音する言葉もある。

“パープル”は“バーブル”
“ゴールドカード”は“ゴールデンガード”

全国から電話が入る中、地域に関係なく60代以降のおばさん達はこう言った。

久しぶりに出会った知り合いのおばちゃん。
「ちょっと、あんた、どないしててん?元気にしてたんか?」
「おばちゃんもお変わりのう
て」
「年はとるけどな、変わりはないねん。ハハハ。それより、うちの息子!ほんま、あの子のタワーはすごい!!」と、大絶賛して、大きく頷いた。
「ほんま、すごいねんで、タワーが」
『お、おばちゃん、それはひょっとして下ネタ?どない言うたらええんやろ・・・』戸惑いを、曖昧な笑いでごまかして別れた。

後日、話題の息子さんに会ったので、この話をした。
「タワーって、えらい間違いして。俺のどこのタワーやねん。外でそんな事言うてたら、変にとられるやろ。かなわんなぁ」
“パワー”を“タワー”と間違えてのことだが、おばちゃんは今でもこのまま話している。

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2006年9月25日 (月)

話し言葉

話し言葉は、川を隔てたり、山を越えたりすることで変わってしまう。
大阪弁も、川を渡ると違ってくる。

私の生まれは、和歌山県伊都郡高野口町(いとぐん こうやぐちちょう)。現在は橋本市と統合され、橋本市高野口町となった。
大阪、奈良と隣接する地域で、昔から糸産業で栄えた商業の町だった。人の出入りが激しく、「昨日まで羽振り良かったのに、急に、あんなことなってしもて」と、突然の倒産に見舞われる会社は、糸編のつく所が殆どか、あるいはそのあおりを受けての所だった。
町の経営者の商売相手は、大阪の商社や会社などが多かった。

育ててくれた祖父は明治33年(1900年)生まれ。若い頃、「天満のお店(おたな)に奉公に上がった」と言っていた。
祖母は明治35年の寅年生まれで、なかなかに気の強い、一本芯の通った明治の女。結婚のお世話や夫婦の揉め事、その他諸々の相談事をよく受けた。
年上でもあるし、祖父母に対する周囲の人達の使う言葉は丁寧だった。
訪れる人は、大阪市内で働いていた人や、そこからこの町に移り住んだ人などもいて、話し言葉は、どちらかというと和歌山弁より大阪弁の色が濃かった。
加えて、同じ町内に年の近い子はおらず、5歳まで明治大正生まれの大人社会の言葉の中でどっぷり育った。

「あんた、何年生まれ?えっ?昭和33年。ふ~ん。あんたと喋ってると、うちの母親と喋ってる気ぃがするの、これ、不思議やなぁ」と、大阪の中ノ島で生まれた70過ぎの人に言われた。
その言葉に驚いたが、考えてみれば、私の話し言葉は軽く2世代前のもので、この方のお母様が話していた言い回し、抑揚に近いのかもしれない。

とはいえ、時には和歌山弁のアクセントが強く出る。
例えば「おおきに」の発音は、大阪弁なら語尾が緩やかに下がるが、語尾をきつく発音する和歌山弁は「おお」より「きに」が強くなる。
同じ「おおきに」でも印象が大きく変わる。
大好きな大阪弁ではあるが、私の話す言葉は純度100%の大阪弁ではない。

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2006年9月24日 (日)

お決まりですか?

マルイが大阪、難波にオープンした。
新しもん好きの人には、しばらくの間、楽しめるスポットとなるだろう。

難波のデパートと言えば、高島屋。
マルイとは道路を隔てて真向かいに建っている。
今年70歳の母は、大阪での買い物は、ずっと高島屋だ。
実家は、大阪に出るのも、和歌山に出るのも1時間の所だが、南海電鉄を利用して、難波で買い物を済ませる方が断然便利だ。

26年前、帰りの電車の時間まで間があった母は、ふらりと高島屋の呉服売り場に立ち寄った。
買うつもりは毛頭ない。
目の保養と、あちこち見ながら売り場を歩いていた。
「お決まりですか?」と、年配の店員さんに声をかけられた。
瞬時に頭の中が回転して、「いえ、そんな」と、当時44歳の母は、急に顔が火照った。

火照ったのは、決して更年期障害ではない。
「お決まりですか?」の解釈に問題があった。
母は、「貴方、結婚が決まったんですね。お式の日にちはお決まりですか?」と受け取った。

帰路はウキウキモード全開。
「ただいま」の声がやけに弾み、父まで「なんぞあったんか?」と、22歳の私に尋ねた。
「なんぼお母ちゃんが若う見えるいうたかて、お決まりですか?やなんて」の母の言葉。
父は、年頃の娘を持つ母の勘違いに気付いた。
『若う見えるって、そんな、お前・・・“お決まりですか?”は、お宅の娘の結婚が決まったんかと聞いてんのやないか。それをお前、ようそんな都合のええように取るわ』
母の満面の笑みが、父の言葉を奪った。
「お母ちゃん、もう一遍お嫁に行かなあかんわ~」

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2006年9月23日 (土)

ほんまの大人の女

歩道橋の上ですれ違った男は、一緒にいる仲間に向かって
「ほんまの大人の女いうんはな、おい、教えたろか」と言った。
顔を確認する間もなく、通り過ぎてしまった。
はっきりと聞き取れた声が、やけに若い。
言葉とあまりにギャップがある。
『どんな男の人?』
買い物をしたばかりで、スーパーの大きなビニール袋を下げていた。
左手に1袋、右手に2袋と振り分けている。
手に痛みを覚えながら、慌てて振り返った。

『えっ?ほんまに、この子ら?』
高校生か、ひょっとしたら中学生かもしれない。
男の子5人のグループが、私の後方にいた。
「言うたろか?」ときり出した男の子の声は、さっきの声と同じ。
彼が一番背が高い。
あの背格好なら、3、4歳は楽にごまかせるだろう。

この後、どんな話を始めるのか聞きたい!知りたい!
彼らと私の進行方向は逆。
今更戻るのもわざとらしい。
『後ろ髪引かれる思いなんやけど。聞き逃すの、なんや勿体ないなぁ』

少年5人の列の組み方が変わった。
一番後ろにいた背の高い男の子は、わずか数歩進む間に、列の真ん中になった。
この子を中心に、前後に2人ずつの配置だ。
前後ろの男の子達は、まだあどけない顔をしている。

一日経った今でも、聞けなかった“ほんまの大人の女”のうんちく話に思いが残る。
「あの子、なんであんな事言うたんやろ?」

それに、彼が感じた“ほんまの大人の女”に会ってみたい気もする。
おばちゃんの興味はつきない。

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2006年9月22日 (金)

どだい、気にくわん!

亡くなった人が夢に出てくることがある。
中でも、祖父の話は、誰も信じてくれない。

祖父が亡くなって暫く経った頃の話だ。

最初に夢に出できた時は、「なんで、あそこに墓を持っていったんや。わしは、吉野(の墓に)入れて欲しかった。お父ちゃんに言うとけ!」と言った。
朝、目が覚めて、「お父ちゃんに言うとけ!」の言葉の通り、実家に電話をした。

「おじいちゃんが、墓はあそこやのうて、(出身地の)吉野にしてほしかったって」と、電話に出た母に伝えた。
「ええっ?!そんなこと今更無理、無理。あんたから、おじいちゃんに、あんじょお言うといて」と、半分笑っていた。

次に出てきた時は、「戒名、どだい気にくわん!お父ちゃんに言うといてくれ」
手短ではあったが、『どだい(全く)』がついているから、また母に連絡した。
「戒名って、もうお墓に彫ってあるのに、そんなこと言われても」と母。

三度目は、「なんぞ、うまいもん、食べに行こか?」と誘う。
このことも、母に伝えた。
「お供えの精進料理やったらあかんって?!おじいちゃん、お肉好きやったさかい、う~ん、お肉、そない食べたいんやろか?」と、母は困惑していた。

母は出棺の直前に、棺の中の祖父の腹巻に10万円を忍ばせた。
「派手好きなおじいちゃんのこと。向こうでも色々と要るやろ」
その母の夢に、初めて祖父が出てきた。
「あっ、あの10万、使てしもたんや。なんぼか用意せんと」
母は夢の中で、慌てて財布を捜した。
すると祖父は一言、「こっちでは、金は要らんのや」と言った。

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2006年9月21日 (木)

歯ぁ、むず痒いねん

我が家のペットは、ミニ兎。
名前は、ミルク。
5年前にパートナーを亡くしてから、ずっと男やもめだ。
うちでの暮らしも10年を超えた。
真っ黒だった毛並みは、かなり白くなった。
若い頃は、ゲージから出ると、家の中をあちこち齧って困った。
電気コードはホースで包み、木製の机の脚にはダンボールを巻いた。

ある時、娘の夢にミルクが出てきて、
「あんなぁ~、歯ぁ、むず痒いねん」と喋ったと言う。
大笑いしながら、ミルクに声をかけた。
「そういうことかいな。歯ぁ、むず痒いの?」
「ほんま、ムズムズすんねん」と娘が代弁する。

いつも食べているペットフードがなくなり、急場しのぎに別のメーカーの物を与えた。
「これ、歯ごたえがちゃう。ちょっと口に合えへんねんけど・・・なぁ、これしかなかったん?」と言っているように、チビチビと食べる。
一日を経て、急にガリガリと音を立てながら食べるのは、苛立ちの表現か?
「はよ、いつものこうてきてや(買って来て)」
チラっとこちらを見ておいて、プラスチックの餌入れ容器を鼻で突く。
「こないなったら、ヤケクソや!」
食べる勢いは更に増す。

ミルクの生まれはどこか知らない。
でも、話し言葉は大阪弁だと思う。

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2006年9月20日 (水)

見なあかん!見な

『結婚できない男』が昨夜で最終回。

楽しみにしていたテレビドラマだった。

「これは、ぜーったい見なあかん!見な」と、マグカップを持ち、テレビの前に座った。

ここまでは覚えている。

ああ、それなのに、眠ってしまった。

気付けば『タモリのジャポニカ』が流れていた。

「なんで?なんで、タモリさん?えっ、ええーっ!寝てしもた?」

『結婚できない男』の放映時間の間、私は熟睡していた。

手に持っていたはずのマグカップは、卓上に置いてあった。

中のコーヒーは、すっかり冷えていた。

悲しかったし、力が抜けた。

ところで、「見なあかん!見な」のように、大阪弁には繰り返しが多い。

「ちゃうちゃう(違う違う)」などは、「ちゃうちゃう、ちゃいまっせ」と三度も繰り返して使う場合もある。

喜代子おばちゃん(仮名)は60代半ば。今も昔も、ものすごい早口で喋る。

「堪忍な堪忍な」で喋り出したら止まらない。

40年も前、“喜代子おばちゃん初産絶叫話”は、実家では語り草になっている。

陣痛が来るたびに、「きれいきれい体で来たのに、信也さん(仮名)に、こんなこんな、こんなことされて~」と叫んだらしい。

賑やかな出産だったことは間違いない。

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2006年9月19日 (火)

うんち、うんちゃん

大便の呼称は、「うんち」か「うんちゃん」
ずっとそう呼んできた。
娘たちにも、そう言ってきた。
「ウンコ」などと言われると、心の中は“ムンクの『叫び』”と同じ状態になる。
声こそ出さないが、まさに「ひぇ~」である。

突然、娘が「ウンコ」と言った。
「やめて!そんなこと言うたら、あかん。うんちゃんって言うて」
ほら、そう言うと思ったというような顔をして、
「周りで、うんちゃんなんて言えへんもん」
「何て言うん?」
「大きい方とか、う~ん、トイレ行って来るとか」

小便は、「おしっこ」
これには、娘も異議はない。
ある日、娘は病院で検尿検査を受けて帰ってきた。
「受付で、おしっこどこで採るんですかって聞かれへんかったから、紙コップ見せて、これ、どこで採ったら・・・?って尋ねた」
「検尿の場所は、どちらでしょうかって聞いたらええのに」
「検尿か、あぁ、そうか」と、納得顔をしている。
「他には、何て言う?」
「お小水は、どちらで採ったらよろしいですか?」
「はぁ?オショウスイ??何、それ」
納得顔は途端に『?』の顔に変わった。

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2006年9月18日 (月)

よろしぃって、ほんまに

1分1秒を争うというほどでもないが、忙しい日に限って、交差点では信号待ちになる。
先頭に立つ私の周りに、青信号を待つ人の数が増えていく。
すると、目の前の横断歩道の上にタクシーが止まった。
70代半ばの女性達4人が、次々に降りてきた。
前の席に座っていた女性が、タクシー代を支払い、最後に降りたところから、大阪のよくある光景が展開された。

A:「660円、あんたに払うてもらうやなんて」
B:「あかん、あかん。割ってもらわな」
C:「よろしって。このくらい」
D:「そんなん、悪いわぁ」
B:「ええっと、4人やさかい、一人、170円?160円?」
C:「もっ、よろしぃって、ほんまに」
A:「とって、なっ、なんぼ?」
C:「・・・ほな、160円で」
B:「それやったら、損するやないの!」
C:「いえ、よろしいって」
D:「いやぁ、悪いなぁ~」

「よろしいって」と手を振りながら歩くCさん、鞄の中から財布を探すAさん、すでに財布を手に持つBさん、とにかく「悪い」の言葉を繰り返すDさん。

団子状態で、4人は交差点を渡り終えた。
『中川家の漫才、そのまま』と、嬉しくなった。
この後の様子に私の期待も膨らむ。
あっ、しかし、信号が青になった。

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2006年9月17日 (日)

ぽっぽナイナイ

鞄の隅に隠れていた飴を見つけた。
「この間、仕事先で一粒もらった、あの時の飴ちゃん」と思い出した。
今でも、飴や飴玉、キャンディーなどとは言わず、飴は“飴ちゃん”と呼んでいる。

そういえば、小さな頃は、「他所さんから、なんぞもろうた折には、ちゃぁんとおばあちゃんに言うてや。後でお礼、言わなならんさかい」
近所のおばちゃんから、飴玉を幾つか貰うと、「落とさんように、ぽっぽナイナイしとき」と声をかけられた。
帰宅後、祖母に、ぽっぽナイナイしていた飴を見せ、どこの誰に貰ったのかを話した。
「あんな~、林のおばちゃんに、この飴ちゃんもろてん」
「おおきに言うたんかい?」
「うん、言うた」

娘に、「ナイナイって判る?」と尋ねると、「ナインティナインの事やろ」と言われた。
「ほな、ぽっぽナイナイは?」と問いかけると、一旦考えて、「小さい子に使う言葉で、入れとき、みたいな」と笑っていた。
意味は合っているが、『みたいな』がつく話し言葉に、こちらが苦笑いしてしまった。

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2006年9月16日 (土)

愛しい大阪弁、スタート

大阪、難波のジュンク堂書店に立ち寄った。
手に取ったこともなかった“マンスリーよしもと”に目が留まった。表紙に書かれたブラックマヨネーズやオリエンタルラジオの漫才は知ってる。
でも、多くの吉本の芸人や関西出身のタレントの喋る大阪弁に、「なんや、ちょっとちゃうねんけど」といつも違和感を感じてしまう。

大阪と和歌山の県境に育ち、明治生まれの祖父母に育てられたせいもあって、周囲は古き大阪弁を使う人達が多かった。
そういう人達の暑い盛りの挨拶は、「お暑うございます」「今日も、暑おますな」だった。
「ご無沙汰しております」や「お世話になっております」の前に、先ず
「お暑うございます。えらい、ご無沙汰してしもてぇ」と、若干語尾が伸びる。

実家は商売をしていたので、「ただいま」と帰宅した時、店に座るお客さんの前を通る折は、「よう、お越し」と頭を下げてご挨拶するのが当たり前だった。
「ごちそうさま」の後は、必ず「よろしゅおあがり」
「行ってきます」の後は、「気ぃつけて」「はよ、お帰り」
昭和33年(1958年)生まれの私は、こんな言葉の中で育ってきた。

愛しい大阪弁の話を、あれこれ書いていこうと、今日から始まり、始まり~。

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