2009年7月10日 (金)

ビジネスマナー:出会いに感謝

新しい仕事で出会う相手の第一印象は尾を引く。

私の場合、
① 年齢や性別に関係なく、相手に「可愛い」と感じるものがあれば、良い関係を築いていける。
② 「なんやこぉ、冷たいというか……」の印象を持っても、偶にはこの先、「意外に優しとこもあるわ」と変化する時もあって、そうなると良好な関係に至る。
③ 出会ってすぐに「この人、サド的なニオイを感じる」と思った時は要注意。言動にソツがないのに、この印象が拭いきれない時は、どんなに折り合いをつけようとしても、関係は成り立たない。

上記の3パターンに分かれる。

これからも、「さて、今度会う人は、①かな? ②かな? ③やったらイヤヤな」と漠然と思いながら、初対面の場に臨むだろう。

新しい出会いがあった夜、目を閉じる前には、「どんな結果になったかて、基本は“人との出会いに感謝すること”やわ」と呟き、「おおきに、ありがとうございました」と口に出すようにしている。

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2009年7月 7日 (火)

問答無用

仕事では、「こないなるやろな」と想像して起こす行動がある。
それも「ええ結果にはなれへんわ」と思いながら。

先方の出版社からの"書く条件"に、「それはあんまりやろ」と納得できない点があった。
私は、日本脚本家連盟にも加入しているので、著作権やそれらに付随することについて、この機関の著作権部に相談している。
そこでの意見も踏まえ、「一度、お話しできませんでしょうか?」と伝えた。

結果、話し合いの場は持たれず、この出版社での仕事はなくなった。
代表取締役名で届いた短い文面に目を落して、「案の定、問答無用やな」と思った。

『問答無用』の態度は、この業界ではよくあることで驚いてもいない。
何しろ、文句を言わないライターはいくらでもいる。
「けどな、やっぱり、これ、おかしやろ? と思いながら書くことは、うちはよぉせん。それでは不満が募るだけやもん」
たとえ不満があっても、この先の展望が望めるのなら、私は書く。
「今回は、全くそれがない」と判断した。
想定内の『問答無用』を受け入れ、「これはここまで!」と頭を切り換える。

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2009年7月 6日 (月)

大阪弁:『虫抑え(むしおさえ)』

何でもないときに出る一言に、「おっ?!」と驚いたり、「そやそや、この言葉」と懐かしさが込み上げてきたりする。

97歳の紀北地域(和歌山県北部)に住む祖母は、古い大阪弁を日常的に使う。
紀北地域は大阪に隣接し、昔から人の行き来が盛んだ。
そのせいで、高齢の祖母の話す言葉に、「これは残しとこ(=残しておこう)」と思うものが沢山出てくる。

例えば、祖母の小腹が空いている時に、タイミング良くお茶菓子を持って行くと、「丁度ええわ。ちょっと虫抑え(むしおさえ)に、よばれよか」と言う。
このように、“空腹を少し満たす”の意味で使う『虫抑え』という言葉は、愛嬌のある大阪弁の一つで、「何とか、残しておきたいなぁ」と思う。

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2009年7月 5日 (日)

とと様の名ぁとかか様の名ぁ

もう46年前も前の話だ。
1963年(昭和38年)に起こった吉展(よしのぶ)ちゃん事件から、「誘拐も他人事(ひとごと)やない」と祖母は思ったようで、「これ、忘れたらあかんで」と、氏名・住所・父母の名前・電話番号を、5歳の私に繰り返し教えた。
「外でなんぞあったら、覚えたこと、ちゃぁんと誰ぞに言うのやで」と、迷子や誘拐を想定して注意も受けた。

そんな時、必ず出てくるのが人形浄瑠璃の「傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)」の台詞、「あーいー、とと様の名はあわのじゅうろべぇー、かか様の名はおゆみともうしますぅー」だった。
「なっ、あの話でも、そないゆうて、お父ちゃんの名ぁ、お母ちゃんの名ぁをゆうのやさかい、成美かてでけるやろ」と言った。
「うん」と頷いた。
「ほな、覚えたかどうか、一遍、ここでゆうてみ」と祖母が言うので、
「あい、あ~いー、とと様の名はたけお、はは様の名はたえこともうしますぅ~」と調子よく謡うと、側にいた祖父は吹き出した。
祖母は正座の膝も崩さず、真顔で、「所(ところ:住所)からゆうてみ」とやり直しを命じた。
今度は節も付けず、ちゃんと、きちんと言った。
「よろし」と祖母は安堵した表情になった。

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2009年7月 3日 (金)

世話やき道

『世話やき』という大阪弁がある。
「ほんまに、うちはそうや。せんかてええがなとか、ここまですんのも、なんかなぁと思うのに、つい、ええいもぉ、乗りかかった船やと思て、やってしまう」
こんな事はしょっちゅうだ。

さて、事が済んでの話だ。
「塩梅いったら、良かったと胸のつかえが下りて、スッとすんねん。けど、そうはいかん事かてあって、そんな折は、骨折り損のくたびれ儲けとはこう言うこっちゃなと、ドッと疲れしまう。ほんで、自分がアホちゃうかと情けのぉなってしまう」
これもしょちゅうだ。

今も「世話やきやわ」と思いながら、誰かを誰かに紹介したり、「お宅さん、気ぃついてはらへんようやけど」と一言物申すような事もありで、過去の事柄の成り行きを考えると、内心は複雑だ。
けれど、「でけたら、皆がええよになったらええねん」と思っているので、世話やきは、時々溜息を漏らしながらも今日も明日も続いていく。

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2009年7月 2日 (木)

青の時間と茜色の時間

近頃は、何時に寝ても、午前4時半頃に目が覚める。
と言っても、困っているわけではない。

この時間帯に目が覚めると、夜が明ける前の外の色の変化を楽しめる。
「大好きな青の時間や」と蒲団の中から腕を出せば、ほの白く肌が光る。
目がまだボーッとしているせいで、プルプルの二の腕なども白さが増したように感じ、"ちょうどええ塩梅"に見える。

夕方は、茜色の時間。
夕陽を見ると、「なんで、切のぉなるんやろ?」と思うが、理由(わけ)もなく胸がキュンとしてしまう。

青に始まり、昼は白、夕方は茜で、やがて暗闇が来る。
だが、大阪市内では真っ暗闇の場所は殆どない。
漆黒の闇の中にポツンと居る経験は、まだしたことがない。

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2009年7月 1日 (水)

大阪弁:「相惚れ」・「逢い戻り」

今日から七月。
文月(ふみづき)とも言うこの月は、愛逢月(めであいづき)の異名も持つ。

大阪弁で“愛”に関連する言葉は色々あるが、「こんな粋(いき)な言葉やのに、今はのぉなって(=なくなって)しもた」というのを、調べてみた。

<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にある、『相惚れ(あいぼれ)』は、『相思相愛』のこと。祖母が使っていたので記憶にある。
しかし、"『逢い戻り(あいもどり)』 一度別れた男女が再びもとの仲に戻ること"は、「もとの鞘(さや)におさまるちゅうことやな」と判ったが、この言葉は知らなかった。

調べていると、時間の経つのも忘れてしまう。
「へぇ~」と驚き、「なるほどなぁ」と頷き、「うまいこと言うわ」と合点する。
辞書で調べることは、小さい頃からの一人遊びと同じと気付くと、「人って、変れへんもんやなぁ」と、誰もいない部屋で笑ってしまった。

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2009年6月29日 (月)

凛とした美しさ

人の美しさは、年齢を重ねると、その人全体から“滲み出てくるもの”のように思う。
パッと一目を惹き付ける華やかさではなく、優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるものが、一言二言話している内に、じんわりとこちらに伝わってくると、『素敵やなぁ』とポ~ッとなる。

40代・50代・60代・70代・80代と年代別に思い返してみても、女性では各年代で、「あっ、あのお人がそうやった」と浮んでくる。
ところが男性となると、たった二人しか浮んでこない。
年代に関係なく、私の出遭った男性は、どこか胡散臭さがつきまとったり、一本芯の通った所がなかった。

“優しさと厳しさ、素直さと強靱な精神力がベースにあると想像できるもの”と私が感じるものは、人によってはオーラと呼ぶのかもしれない。
「うちがそれを一言でゆうたら、気高さになるかな」と、あの顔この顔を思い起こしては、凛とした美しさを持つ共通点に気付く。
51歳を目前にして、亡くなった人も含め、「ええなぁ~。こうなりたいねん」と思う人に巡り会えた喜びを感じている。

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2009年6月27日 (土)

大阪弁:『おまっとさん(御待遠さん)』

40年ほど前の祖父と祖母が珍しく揃って出かける日の事を、朝から急に思い出した。

二人とも明治生まれだ。
祖母は、前日に髪結いさん(=美容院)に行き、髪を整えておく。
お出かけ当日、やつし(=おしゃれが好きな人)の祖父は、数ある服の中から適当にジャケットやシャツを選び、髪にチックを塗って、玄関で靴を磨いている。
大抵、こんな時に溢す言葉は、「おばあちゃん、まだかかってんのか。ほんまに、女子(おなご)は時間がかかる」と決まっていた。
祖母がやっと支度を調えて玄関の祖父の所に出てくると、「おまっとさん(御待遠さん)だした」と声を掛ける。
「でけたか。ほな行こか」と祖父は腰を上げ、「へぇ、行きまひょか」と祖母は返事をする。

さて、大阪弁の『おまっとさん』は、「お待ち遠様」と言うことだ。
一昔前は、食堂でも注文品を卓に置くときなど、「おまっとさんでした」の声が頻繁に使われていた。
今は芝居の台詞でしか聞くことがない言葉になった。

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2009年6月26日 (金)

ビジネスマナー:反面教師

とある会社に伺った時のお話。
『お昼時間に重なるんが、ほんま悪いけど』と恐縮しつつ、アポドリは済んでいた。
相手は、“○長”と肩書きのつく男性だ。
受付で先ず挨拶をし、「“○長”のA様は?」と尋ねると、「えっ?! (来社)お時間伺っていたんですよね」と、応対の女性は驚いた様子だ。
「さっきまでいたんですけれど……食事かな? 姿が見えなくて。でも、すぐに戻ってくると思うんですよ」と言うので、「1時にまた伺います」と礼をして退出した。
1時を過ぎ、先程の場所に戻ったが、その人はいない。それから15分近く過ぎて戻ってきた。

開口一番、A氏はメールが全くできないことが判ったので、「データを送る際に、どなたかメールの出来る方はいらっしゃいませんか?」とお願いすると、部下の名刺1枚を持ってきて渡してくれた。
「今、この方、いらっしゃいますか?」と尋ねると、「ええ、向こうに」と言いながらソファに座った。
「折角ですから、お顔繋ぎをしていただけませんでしょうか?」とお願いすると、「そうですか」と席を離れ、部下の女性を連れてきてくれた。
A氏の部下への説明は今一つで、こちらから彼女に今日出向いてきた概要を伝え、メールのやり取りもあると思う旨も話した。

事務所を出た瞬間、「“○長”のA氏って、気が利かんちゅうか、精神的疲労度を高めるお人やなぁ」と思った。

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2009年6月25日 (木)

短髪やさかい人違い??

ショートヘアーにして、10年程経つだろうか。
私の髪をカットしてくれる美容師の藤本君は、最後に「これからお出かけですか? それともまっすぐ帰られますか?」と毎回尋ねてくれる。
「お出かけです」と言うと、ムースをつけ、しっかりスタイリングキープ。
「帰るだけやねん」と答えると、ブローだけで柔らかに仕上げてくれる。

藤本君はハンサムで、彼が黒地に細い白のストライプのスーツでも着ようものなら、間違いなくホストに見える。
「それでね、うちの嫁さん、僕がスーツ着るの嫌がるんですわ」と言っていた。
「うちは、どっかの組の姐さんに似てるみたいやねんけど」と、いつか話したら、
「姐さんて、あっちの筋の?」と鏡に映る私の顔を見てから、「何や、判るわ、間違われんのも」とクックッと笑った。

この間、宴席で、「やくざの本妻は短髪や。丁度、ほれ、松尾さんみたいに。2号、3号は髪長いんや。これ、ほんまやねんて」と言った人がいた。
『そんな決まりはないやろに』と思った。が、一目でその筋の若い衆と判る人達に、時折、頭を下げられることがあるのは事実だ。

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2009年6月24日 (水)

大阪弁:『ご機嫌さんで』

窓の外で声がする。
向かいのお宅に、お知り合いの男性が立ち寄ったようだ。
「えらいすんまへんな。ちょっとその先の○○さんとこ寄ったら、居てへんかって。ほんで、悪いんですけど、これ、預かってもらおと思て」と男性は言った。
姿は見えず、声だけしか聞こえてこないが、頭を下げている姿が目に浮ぶ。

「ほな、預かっとくわ。それより、あんた、ご機嫌さんで」
向かいのおばあちゃんの声がする。
「元気にしてましたんやけどな、ハハハ」と照れ笑いも含めて男性は答えた。
「それやったら良かったんや」と言いながら、おばあちゃんは小荷物を受け取ったようだ。
手渡した男性は、「おおきに、ありがとございます」と礼を告げ、単車のエンジン音を響かせて遠ざかっていった。

久しぶりに出会った人に使う『ご機嫌さん』という挨拶の言葉を、年に何回聞くだろうか?
「少ななったなぁ~。滅多に聞けへんもん」と振り返る。
私にとって『ご機嫌さん』は、一抹の寂しさも覚える言葉になってしまった。

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2009年6月23日 (火)

恐ぁ~て、イタイ、おなごはん

40代の女性でも、平気で「うまい!」というこの時代。
その言葉を聞く度に、「なんで、美味しいと言われへんのや」とムカッする。

「気ぃ鎮めな(=気持ちを落ち着かせよう)」と思うときは、亡くなった祖母や可愛がってくれた人達の“明治時代に生まれ育った人達の言葉”を思い出すのが、私には一番合っている。
「うまいやなんぞと、女子(おなご)が使うもんやない」
「美味しいと一遍言うとぉみ」
「イト、さっ、ゆうとおみやす」
こんな言葉を繰り出して、在りし日の声や姿を浮かべ、ほっと一息つく。

しかしながら、「うまい」よりも、更に「ちょ、ちょっと、お宅さん、それはあんまりやろ」と思う人に出遭うこともある。
食事のことを『エサ』という人だ。
「この前行った旅館のエサが」という女性。
「うちの人にエサを与えないといけないから」と言う女性もいた。
年齢はそこそこいっており、私が出会った女性達は60歳を超えていた。
聞いた瞬間に、『うわっ、恐ぁ~て、イタイ人やなぁ~」とゾワッとした。

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2009年6月21日 (日)

下ネタ好きの男性

どんな話題も下ネタになる男性がいる。
『固い』や『太い』の単語に、『息子』と出たら、「待ってました!!」とばかりに、「僕の息子も」と下半身の話に持って行く。

私の周りで、このタイプは50代以降の男性に多い。
『本気で言うてはんのやない。そやけど、度が過ぎて、こういう人、うちは敵わん』と、下ネタに走る男性の顔を見る。

一旦見てしまうと、こちらも次々に言葉が浮んでくる。
『受け狙いの話やと判っていても、不愉快になりまっせ。お宅さん、それが判りまへんか?』
『下ネタ連続トークをしてみても、この場はいっこも和めしまへんで』
この辺を思っている時は、少々不快な表情が出てしまう。

『なぁて、ちっとは空気読んでぇな』
『おっちゃん、おっちゃん、もぉ、やめときなはれ』
ここまでくると、呆れ顔になっているのが自分でも判る。
浮ぶ台詞を口に出したことはことはないけれど、心の中では色々と言葉を吐いている。

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2009年6月18日 (木)

電話を掛ける時間帯

高齢者が身内にいると、朝早くかかってくる電話にはドキンとする。
午前8時を回った頃、母から携帯に電話がかかってきた。
着信名を見た瞬間に、「おばあちゃんになんぞあったんや!」と思ったが、特別な用件ではなかった。
安堵した。
何しろ、祖母は97歳だ。「いつ何が起こったかて、おかしない」のである。

24年前の朝、電話が鳴った瞬間に、『おじいちゃん、逝てしもたんや』と思った。
予感は的中し、祖父は自宅で心臓発作を起こして、呆気なく亡くなった。

そんなこともあって、夜型生活の私は、午前9時を回るまでの電話のコール音には、ドキッとしてしまう。
「人さんに電話をする時は、そのお人に合わせて、時間を見てから掛けるよにしょ」
日常生活で、心に決めている事の一つだ。

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2009年6月17日 (水)

ポッドキャスティングの登録者、21740人を超えましてん

5月6日に『ポッドキャスティングの登録者が、20500人をこえましてん』と書いてから、一月(ひとつき)と十日余りが経ちました。
有難いことに、現在の登録者数は21740人を超えました。

この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。

情けの通う大阪弁を残しておきたいと、そんな思いで始めたポッドキャスティング。
「こないして、今日も"聞いたろか"か思てくれるお人がいてるのは、ほんまに幸せなこと」

登録者数の増えるのを見て、幸せを噛みしめるちゅうのも現金な話ですけど、正直な気持ちです。
皆さん、おおきに、有難うございます。

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2009年6月16日 (火)

他人の粗(アラ=欠点)

他人の粗(アラ=欠点)に目がいくことはよくある。
「あんた、よぉ言うわ。自分かて、悪いとこ仰山あるやろ」と言われれば、
「へぇ、ほんまに、その通りでおます」と返すしかない。
至らない所は山ほどあって、「他人のアラに目ぇがいく前に、自分のこと、よぉ見てみ」と自身でも反省する。

それでも、「ここ、こない直したら、もっと塩梅いくのに」と思う人に出遭うと、『勿体ないないなぁ~』と、つい考えてしまう。
「ここ、こない直したら」と言うのは、ちょっとした言い様(よう)であったり、振る舞いであったりで、その人の魅力を上げるか下げるかに関わってくる。
けれど、大概は言わない。
かなり年下で、余程、「この子、根ぇが素直やな」と好感を持つ人物でないと、「こない言うた方が、相手にやんわり伝わって、お宅の印象もええよに残ると思うけど」とは伝えない。

伝える際は、『お節介やわな』と思っているのである。
それでも『お宅さんの持つええとこ、生かしたらよろしがな!』と、相手を見た上でどこか感じる“歯がゆさ”も手伝って言ってしまう時も、年に何遍かある。

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2009年6月12日 (金)

おくり人とお茶の子

母から、近況報告の電話がかかってきた。
数分間話した辺りで、急に亡くなった松尾の祖父の事が話題になった。
「そない言うたら、おじいちゃんのそぉれん(葬礼=葬式)の折は、仰山、人来てくれたさかい、お茶の子が足らんだらあかんと、それが気になって」と思い出したようだ。
話を聞きながら、『“お茶の子”も使わん言葉になったわ』と感じた。

お茶の子とは、<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にも、『茶うけ。茶菓子。転じて、仏事供養の配り物をいう』とある。
つまり、見送りに来て下さった方に、喪主側から心ばかりの品を用意して渡すのである。

「生きてる内は判らんかったけど、人が泣いて見送ってくれるやなんて、おじいちゃんのこと、見直したわ」と、母は思いを込めて言った。
舅が逝って25年経っても、母の中には、かなりの数のお茶の子を配り終えた達成感と、舅の善き所をとんだ所で気付いた喜びがあるようだった。

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2009年6月11日 (木)

鼻につく自己紹介のプレゼン

例えば、自己紹介は、自分の価値を相手に伝えるための立派なプレゼンだ。
私の場合なら、「うち(=私)の売りはここですねん」と相手に判りやすく伝えて、
「ほな、一遍つこたろか(=使ってやろうか)」という気にさせる必要がある。

過日出会った男性は、自己紹介のプレゼンを、「こうしたらウケル」と思い込んでいるようだった。
街角で出会ったその男性は、「こんなとこで出会うとはな。僕は、病院からの帰りで」と言った。
年齢は60代で、人からはずっと「先生」と呼ばれてきた。
「どこかお悪いのですか?」と問いかけると、「ここ」と自分の頭を指した。

男性がこうすれば、大概の人は、「まぁ、せんせ、そんな事、よぉ言わはるわ。せんせみたいに賢い人が、ここ(頭)やなんて。ホホホホホ~」と返してくれるのだろう。
『そない言うて持ち上げて欲しいのがミエミエで、うちは、そんな事、よぉ言わんわ』
にこやかに頭を指さしている態度が鼻につき、「お帰り、お気をつけて」と頭を下げてその場から離れた。

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2009年6月 9日 (火)

大阪弁:『なずる(撫ずる)』

今年で51歳になる私は、5歳まで同じ年頃の子供達と全く遊んだことがなかった。
明治生まれの祖父母をはじめ、周りは大人ばかりだった。
言葉の数は、喋りかけて貰った小児語よりも、大人達の間で交わされる古い大阪弁の方が記憶に残っている。

文字は、案外早く読めるようになっていた。
毎日、新聞の隅から隅まで読む祖母の側で、「この字ぃは?」と指しては、「それは“ま”や。“まつお”の“ま”や」と教えて貰った。
『読む』が先行していたが、その内、祖母が、「字ぃをなずったら、書けるよになるで」と言うので、少し大きく書かれている文字を見つけると、ボールペンでその上をなずる(撫ずる=なぞる)時期が続いた。

「“なずる”という言葉も、とんと(=全然)聞かんよになってしもて」
一人遊びの続いた幼少期を思い出すと、古い大阪弁が次々に出てくる。

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2009年6月 7日 (日)

書いたもんさえ交わしてくれぬ在阪物書き事情

亡き祖母は、明治生まれで、「いかんもん(駄目なこと)は、いかん」と、はっきり言った。
40数年前は、まだその祖母もしっかりしており、町内や親戚の人達から相談を持ち込まれることが多かった。
「おばさん、まぁ聴いて」
「いそがしのに、えらいすまんこって」
こんな言葉が先にあって、
「実は、その……」と、相談に来た人達は本題に入った。

えらく揉めている話の時は、「そやけど、あんさんかて、そんな大事なこと、一筆(いっぴつ)とっておかなんだらあかんがな。なんちゅうても、書いたもんが物言うさかい(="いざとなったら、書面にしたものが証拠になる"の意味)」
当時、おませな小学生だった私は、漏れ聞こえる大人の話から、「一筆とる」や「書いたもんが物言う」という言葉と意味を覚えた。

ところがである。
在阪の物書きは、この『書いたもん』=『契約書』を交わして貰えない。
「口約束だけのこの世界で、今まで泣いたことは、何遍あるかしらん?」
数えるのも腹が立つが、これが在阪の物書きが置かれている現状だ。

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2009年6月 4日 (木)

“昼下がりの情事”、みたいな

ラブホテルは、神社の近くにあることが多い。
大阪 ミナミに近い高津神社の近くを歩いていた。
途中で、50代の男性と、『若作りはしているけれど、う~ん、40は超えてる』と見える二人連れと並んで歩くことになった。

二人は手を組み、いかにも慣れ親しんでいるように振る舞う。
が、それが却って“今日、初めておうた(会った)”と私には感じられる。
『この何とも言えん微妙な距離感。“昼下がりの情事”と呼ぶほどの、甘さも切なさも、いっこも感じへん』

交差点で信号待ちをしている間、男性は大きな買い物の話を女性に振った。
女性は小躍りして、「まぁ! それは良い買いもんですわ。うわ~ッ、最高ですねぇ~、ヒャァ~」と叫んだ。
『これも、ビジネスマナーなんや』と、感心した。

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2009年6月 3日 (水)

梅雨に雷、ゴロゴロサン

雨の日が好きだ。
「もうすぐ梅雨やて。またジメジメした日ぃが続いて、いやんなるなぁ」
周囲では、こういう声が聞こえるが、
「うち、この季節が好きやねん」
と言う。

昭和40年代に入る少し前だから、私は5.6歳になっていた。
祖父母は、雷が鳴ると居間に蚊帳(かや)を吊ってくれた。
「ほぉれ、ピカッと光った!」
「ゴロゴロサン(=雷さん)がお臍とりに来るわ。はよ(=早く)、蚊帳に入り、入り」
急かされるのも楽しかった。

梅雨に雷。
「いつまでも思い出すもんやなぁ~」
そんな事を、天気予報図を見ては思っている。

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2009年5月30日 (土)

ビジネスマナー:プロ意識

うち、自分のことを『ライター』と呼ぶのは嫌ですねん。
なんちゅうても、『自称 ライター』ちゅう人らがぎょぉさん(仰山=沢山)いてまっしゃろ。
どっかで、そういう人らと一緒にされとうないと思てますのやろな。

「何様のつもりや!」
そんなお叱りの声も聞こえてくるようですけど、プロ意識の薄い“自称 ライター族”とは線を引きたいのが正直な気持ちでおます。

こんなことがおました。
仕事の初顔合わせで、複数のライターが集まった部屋でのこと。
まだ先方の担当者は着席してまへんけど、部屋に入ったら、仕事モードでっしゃろ。
そやのに、目の前でガムをクチャクチャ噛み続けるお人には、「あんさん、ええ加減にしなはれ」と、おつむテンってしてやりたいくらい、腹立ちますわ。
うちが50歳、そのお人は30代後半からひょっとしたら40代かもしれまへん。
プロ意識ちゅうもんは、行動に出ましゃろな。
自称 ライターか、色んな仕事をこなしてきはったライターかは知りまへんけど、うちはこの人見て、「やっぱし(=やっぱり)プロのレベルやないわ」と思いました。

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2009年5月29日 (金)

大阪弁:飴ねぶらすよなことしてから

「まぁ、なんちゅうても、えげつない人やな」
商売人の間で、こんな言葉で評される人は、大抵はお金に汚い人である。
値切りようが余りにもきつかったり、支払いを中々してくれなかったり、「あんさん、それは、あんまりでっせ」と言いたくなるような人だ。
言う方は、「えげつない人」と嫌味も皮肉も全てごちゃまぜにして、この一言で気持ちを吐き出して落ち着く。
腹立ちも入っているのだが、「誰ぞに言うたら、ちっとましかもしれん」の思いもベースにはある。

けれど、「ほんまに、あの人いうたら、飴ねぶらすよなことしてから」と言うと、腹立ち一杯だ。
<大阪ことば事典 牧村史陽 編 講談社学術文庫>にもあるように、『アメネブラス【飴舐らす】少しだけ利益を与えて大きな働きをさせる』と記載されている。
思い起こせば、「この言葉は、あの人のためにあるよなもんや」と感じる人が複数人いる。そんな現実を思うと、何とも嫌な気持ちになる。

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2009年5月27日 (水)

『天地人』の与六のような3才児

NHK大河ドラマ『天地人』の与六の名台詞と言えば、「わしはこんな所へ来とうはなかった」を思い出す。

この間、母が、「あんたも小さい頃は、大人顔負けに喋る子ぉやと言われてきたけど、その上手(ウワテ)いく子ぉがいてる」と教えてくれた。
その子、拓巳君(仮称)は3歳、今春から幼稚園に通っている。
おじいちゃんは「“山之内モータース”(仮称)という自動車修理工場を経営しており、拓巳君は、おじいちゃんも自動車修理の仕事も大好きだ。

幼稚園に通い始めて1ヶ月ほど経った頃、母が、「拓巳君、幼稚園どない?」と尋ねた。
すると拓巳君は、おじいちゃんが話す時の仕草そっくりに腕を組み、和歌山弁で「それがよぉ、僕はあんなとこ、行きたいなかったんよぉ。“山之内モータース”に勤めたかったんよぉ~」と答えた。
「まぁ、何から何までおじいちゃんとそっくり」と母は思い出す度にケラケラと笑う。

おそらく母の頭の中では、おじいちゃんと同じ言動の拓巳君が、おばあちゃんと同じ言動をとった私の小さな頃に重なるのかもしれない。
私は母と違って、拓巳君と与六が重なって仕方がない。

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2009年5月26日 (火)

ビジネスマナー:最低限のルール、メールの住所記載

メールを送るときには、必ず
・氏名&読み方
・〒&住所
・TEL&FAX&メールアドレス
・携帯TEL
これだけは、きちんと書いておく。

ところが、名前だけしか書いて送ってこない人がいる。
プライベートのメールと違い、仕事に関連する場合、初メールで"名前だけしか書いてこない人"には、イメージダウンも甚だしい。
「大概にしてや(=ええ加減にしてや)」と、相手の仕事への取り組みようさえ疑ってしまう。

「受け取る身ぃになってみぃな。初めてのメールは名刺交換も同じやろ。その時、名前しか書いてない名刺もろても、『はぁ??』と思うやろな。お宅さん、それとおんなし(=同じ)こと、してなはんのやで」と、そんなメールを見る度に溜息が出る。

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2009年5月24日 (日)

大阪弁:『騙くらかす』

もう滅多に聞くことのない大阪弁なのに、ふとした拍子に口から出てしまい、「あれ? 言うてしもた」と、自分でも意外に感じるときがある。

オレオレ詐欺の被害を、テレビや新聞で見る度に、「こんな、人(ひと)、騙くらかす(だまくらかす)ことして!」と怒りがわいてくる。
『騙くらかす』とは、「騙す」と同じ意味だが、ニュアンス的には単に「騙す」と表現するよりも、「騙す」行為を強調している。

「音かて、“ダマス”より、“ダマクラカス”の方がきついわ」
二つの言葉を代わりばんこ(=交互)に言ってみると、たしかに『騙くらかす』の方が憎々しく響く。
自分で言っておきながらも、余り使いたくない言葉だ。

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2009年5月16日 (土)

大阪弁:『気にしぃ』と『ええかっこしぃ』

大阪弁の『気にしぃ』とは、どんな事柄でも
「あれで良かったやろか……いや、ええことなかったかもしれん。けど、そんなこと言うたかて、今更遅いし。あぁ、どないしょう」
こんな風に、クヨクヨする人のことを言う。
言い換えれば、『神経質な人』と表現できるだろうか。
しかし、『神経質な人』よりも『気にしぃ』の方が、ゴチャゴチャ言いながらも可愛げがあると感じる。

他に、“○○しぃ”の形では、『ええかっこしぃ(=良い格好をする人)』というのもある。

『気にしぃ』も『ええかっこしぃ』も、言う側の気持ちには多少の皮肉を含んでいる。
それでも一旦、
「ほんまに、気にしぃやな」とか、
「ええかっこしぃで、敵わんわぁ」
と口から出てしまえば、その人物を全否定するわけでもなく、「そない言うてもええとこもあるんやけど」の雰囲気を残す。
これも、大阪弁の持つ不思議な力かもしれない。

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2009年5月14日 (木)

せこおまっせ、議員パス私的旅行

けちくさい行為を、大阪弁では
・せこい
・みみっちぃ
・意地汚い
とも言う。
他に、「他人の褌(ふんどし)で相撲とるよなことしてから」と揶揄したりもする。

朝日新聞 (5/13 夕刊)に載っていた『鴻池官房副長官 辞任』の文字が目に入った。
その文字の下に『議員パス私的旅行』とあった。
「なんとまぁ~!!」と呆れて、『せこい』・『みみっちぃ』・『意地汚い』と3連発で言葉が浮んだ。

次に出たのは、「これでは議員パスは、死に金もおんなし(=同じ)や」だった。

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2009年5月13日 (水)

先ずメールちゅうのも難儀なもんです

「明日の夕方、内(うち=家)に居てる?」
もう少し丁寧な大阪弁にすると、
「明日の夕方、うちに居てはる?」
更に丁寧な大阪弁では、
「明日の夕方は、うちに御居なはる(おいなはる)かい?」
となるが、もうこの言い方は殆ど聞かなくなった。

携帯電話が普及するまでは、こうして会話を通して、相手の状況を知るのが常だった。
けれど、今は先方の都合を尋ねるのは、先ずメールだ。
携帯を使っても、直接会話をするまでに、「今、話、できる?」とメールを飛ばしてからというのも多くなった。

ビジネスの場合、「一度、お目に掛かりたいのですが」と申し込むのもメールで、しばらく待って届く返事もメールだ。
先方と顔を合わせるまでに、案外と時間がかかる。

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2009年5月12日 (火)

もっさりした引き際の小沢さん

「へぇ~、小沢さん、辞めはんの」
辞任を発表する民主党の小沢代表の姿が、テレビに映っていた。
「今頃とは、えらいもっさりしたこと」
画面に向けて言ってしまった。

『もっさり』とは、大阪ことば事典:牧村史陽 編 講談社学術文庫にも、【不粋。野暮くさい。ぱっとしない。映えないこと】と載っている。

政治家は、自らの辞任行為を自画自賛するのが常だ。
小沢さんも案の定、思った通りの言葉が並んだ。
「もっさりにもっさり重ねたかて、なんにもならんで」
何の感情もわかないまま、テレビのスイッチを切った。

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2009年5月11日 (月)

森光子さんのご挨拶

「ほれ、あの話」と切り出せば、
「あの話って、何の話やねん」と問い返される。
こんな光景は、年齢が上に行くほど多くなる。

「あの話って、そや、あの時、あそこで話したやろ」
娘が相手だと、会話に『あの』や『あそこ』と代名詞が並び、少しも具体的な名詞が出てこない。
「あの時って、いつ?」
と言われても、直ぐに出てこない。
記憶を辿るのも全部口に出してしまわないと、なかなか結論まで達しない。
「あの時って……え~っと、ミナミへ買いもんに行って、その帰りに、ちょっとお茶飲もかって言うて、ほんで、あそこや、あそこ、大丸のねき(=側)の道をツーッと入ってちょっと行ったとこのケーキ屋さんで」と、こんな調子で喋っていると、
「あぁ、あの時な」と娘もやっと思い出す。
これでは肝心の話に至るまでに時間が掛かりすぎる。

森 光子さんが89歳で、『放浪記』公演回数2000回を迎えた事が話題になっている。
それよりも、カーテンコールでのご挨拶が、真に人柄を表し、かつ短くて要領を得た話し言葉に、「うち(私)の代名詞オンパレード会話を、なんとかせなあかんわ」と思った。

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2009年5月 6日 (水)

ポットキャスティング登録者数が20500人を超えましてん!

お陰様で、ポットキャスティングの登録者数が20594人となり、「ほんまに、なんとまぁ有難い」と、ここに改めましてお礼申し上げます。

4月の【今月の登録者数】は917人。
【月間総合ランキング】は、カテゴリー部門を問わず順位が出るんでおますけど、ここで98位。

アップできる容量が40MB→1MBに激減してから、「それまでみたいに更新できへんさかい、どなしたもんやろ……」と、悩んだまま今に至ってますねん。
「おおきに、おおきに」と「すんまへん、この状況を、どうぞ堪忍しとくなはれな」の言葉が、ずーっと代わりばんこに出てきます。
ただただ、湧いてくるのは感謝の気持ちでおます。

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2009年5月 3日 (日)

大阪弁:きたのぉ働いてきれぇに暮らす(汚のぉ働いて綺麗に暮らす)

① 自分のことにも厳しく、他人にも厳しい人がいる。
② 自分には甘く、他人には厳しい人がいる。

見ていて見苦しいのは、
② 自分には甘く、他人には厳しい人
である。
殊に、お金に関することで人の本性は剥き出しになる事が多い。

大阪弁には、『きたのぉ働いてきれぇに暮らす(汚のぉ働いて綺麗に暮らす)』という諺がある。
「どんな職でも懸命に働いて、自分の暮らしは質素にし、出るお金を切り詰めて蓄え、世間に、あるいは他人の役に立つ事なら、お金はケチらず出し惜しみをするな」ということだ。
「品よぉ生きるんは、ほんま、こう言うことやわ」と思う。

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2009年5月 1日 (金)

夫婦道:夫磨き

76歳の父は、数年前から透析を受けている。
明るく、実直な性格の父は、同じ部屋で透析を受ける女性陣に人気があるようだ。
「お父ちゃんいうたら、毎日誰ぞから、なんやかんやと物もろて帰ってくる」と母が言っていた。

父が注目されていると知った母は、かつてないほど父の服装を気にした。
「今、お父ちゃんが人に見せる格好はパジャマ姿が多い。これは気張らな。みっともないもん着せられへん」と、バーバリーにダンヒル、イヴ・サンローラン等々、今まで父が着たこともないブランド物を着せ始めた。

「今日も○○さんが、あれっ、松尾さん、ええ柄のパジャマやこと! 奥さん、選らんでくるの? まぁ、ほんまに趣味ええなぁ~って褒めてくれたんや」
透析を受けて帰宅した父は、臆面もなく母に一言一句そのままに報告する。
母は「フフフ」と父の言葉に頷き、『磨いたら磨いただけの事はあるわ』とご満悦である。

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2009年4月29日 (水)

短縮と重複の大阪弁

大阪弁は短縮して言う言葉が多い。
地名なら、谷町4丁目は“タニヨン(谷四)”、同じように谷町9丁目は“タニキュウ(谷九)”、上本町6丁目は“ウエロク(上六)”と呼んでいる。

おうどん屋さんに入れば、きつねうどんは“きつね”で済む。
まれに、今は殆ど聞かなくなった“けつね”と発音する人もいて、そんな声を聞いたら『おぉ~』と心の中で感嘆する。

「みじかなったんは(=短くなったのは)、いらち(=慌ただしい人)やさかいやろか?」と考えたこともあった。
しかし、“レイコー(冷たいコーヒー=アイスコーヒー)”の例を思うと、「一声で用が足りたら、ええのとちゃうか」と、そんな考えも生まれる。

「いや、短縮好きやねんけど、重ねて言うことも多いわ」と気付いた。
「おおきに、おおきに」や「あかん、あかんて」「堪忍(かんにん)、堪忍」
こんな風に、感謝や否定、謝罪など、自分の思いを伝えたい時は同じ言葉を重ねて、より強調する。

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2009年4月24日 (金)

大阪弁:性根(しょぉね)を入れる

大阪 環状線に乗っていた。
向かいに座る60代の男性が、隣りの知人に話しかけていた。
「おい、おまえんとこ、性根(しょぉね)入れた事あるか?」と問い、
尋ねられた知人の男性は、「ショォネってか?」と首を傾げた。
「根性という字ぃの逆さに書くのやがな。性(せい)書いて、根っこや」と文字の説明をしたが、相手は「??」の顔をした。

仏壇や供養や、お寺さんと単語が出ていたので、『新しいお仏壇か、お墓に“お性根”入れてもらうのやろか』と思った。

『性根(しょぉね)』という大阪弁は、「根性」とか、時には「気持ちを込める」に近い意味を持って使われる。
例えば、「仕事中にボーッとしていたら、『性根入れて仕事せぇ!!』と大将(=雇い主)に叱られてしもて」と、こんな風にも使う。
しかしながら、電車の中で聞いた「性根入れる」は、「御魂(みたま)を入れる」という意味だ。
この時は、「性根(しょぉね)」や、“お”を付けて「お性根(おしょぉね)」とも言う。

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2009年4月21日 (火)

大阪人はサウナ好き

以前、テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』で取り上げられた話題に、“大阪人はサウナ好き”というのがあった。
そう言えば、出会う度に、「さっき、サウナ行ってきてん」と口にする男性がいる。
こちらは、『言わんでもええのに』と思ってしまう。

『なんでわざわざ言うねんな』とゲンナリする事が多いのは、この男性の言うときの態度にあるのかもしれない。
たしか80も半ばを過ぎているはずだ。
色つやは申し分ないのだが、品に欠ける。
『まだまだ体力あんのやと言いたいのやろなぁ~』と感じて、その自慢気な表情が鼻に付く。

「さっき、サウナ行ってきてん」の言葉を聞けば、決して口には出さないが、条件反射のように『それがどないしてん』と心の中で返している。

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2009年4月20日 (月)

ビジネスマナー:壁に耳あり、障子に目あり

ある事務所に入っていった。
正面が受付で、受付の後方に来客用の部屋があり、受付の横には経理部の部屋がある。

偶然、来客用の部屋に、この会社の責任者の姿がチラッと見えた。
携帯電話を使い、大きな声で部下とやり取りをしている。
『お金にまつわることみたいや……』
漏れ聞こえる話の内容で、そう思った。
声から伝わる様子で、かなり苛立っているのが判る。
景気の良い話でないことも察知でき、「今日は、ご挨拶なしにしょ」と決めた。

帰り道に、「人に聞かせたない話やさかい、わざわざ社員の居てへん別室で、携帯電話で話を始めたんやろけど、あの場所ではまずいわ。来客者にも、社内の人間にも筒抜けや」と思った。
『商いは牛の涎』と教えてくれた明治生まれの祖母は、「壁に耳あり、障子に目あり。喋る事と場所は、よぉよぉ気ぃつけなあかんで(=特に気をつけないといけませんよ)」とも言っていた。

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2009年4月18日 (土)

ストレス発散法

ストレスの発散方法と言っても、人には夫々のやり方がある。

私の場合、とにかく料理を作り続ける。
作った尻から(=次々に)、タッパーに詰める。
1時間もせん内に(=1時間も経たない間に)、6~7品は完成する。

この時間は、料理の事だけしか考えていない。
材料を刻む、炊く(=煮る)、炊いる間にまた刻む、炒める、和える、焼く、揚げるなど、タッタカタッカ進めて、ドンドン仕上げていく。

出来上がった煮物、炒め物、揚げ物、和え物や焼き物を入れたタッパーを積み重ね、心地よい疲労感を覚えたら、スッとする。

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2009年4月17日 (金)

ビジネスマナー:気遣いのある連絡連携

プレゼント用にネクタイを選んでいた。
入ったお店は大きかったが、「ここにはネイビーしか置いていなくて。他の色もあるんですけれど」と言う。
すぐ近くのデパートにもこのブランドは入っていたので、「向こうのお店に、ブルー地色の物がないか尋ねて頂けませんか?」と伝えた。
幸い、デパートの店内店舗に欲しい色があるの返事を受けて、「これからそちらに回ります。尋ねてもろて、おぉきに。お世話様でした」と店を出た。

この店と目指すデパートまでは、歩いて300m程しか離れていない。
移動は難なく済み、欲しい物を手に入れた。
ついでに、さっきまでの経過を説明した。

こんな話を聞いた。
ディズニーランドで、あるお客さんが、「お水が欲しいのだけど」と園内で働く人に尋ねた。
「お水でしたら、その先のポップコーン売り場にあります」と答えた。
そこに向かったお客さんは、到着して驚いた。
「お水をお探しのお客様ですね」と、先程尋ねた人から連絡を受け、ポップコーン売り場の人はすでに用意をして待っていてくれた。
この対応を受けた人は感激して、ペットボトルの水と、それからポップコーンも買ったという。

気遣いのある連絡連携が出来ている所と、いない所。
「お客さんの印象は、月とスッポンほど違て(ちごて)くるのに」と思う。

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2009年4月16日 (木)

ボン(坊ちゃん)、辛いわなぁ

スーパーを出た所で、店内から出口に移動しながら、なおも泣き続ける男の子が気になった。
「ここ来たら、いつもそんな事言うて」と、幼稚園の制服を着た男の子が、母親に叱られていた。
「エェ~ン、エェ~ン」と泣く男の子の直ぐ後ろに、同じ制服を着た弟がトコトコと歩いてくる。
『年子か、それとも2つ違いやろか?』と思った。
母親は険のある(=表情が険しい)顔で、長男に厳しい言葉を吐く。
この子が何を言ったのか、それとも強請(ねだ)ったのか判らない。
が、最後の「それでも男の子ぉか!!」の母親の言葉が、胸に突き刺さったのだろう。
途端に、「ウォォ~ン、ウッ、ウッ、ウォォ~ン」と泣き声が変った。

どこのお宅でも、下の子は要領が良い。
嗚咽の長男に向かって、次男は調子よく「女の子みたいや」と言った。
長男は「ウッ、ウォォ~ン、オォ~ン、ウッ、ウッ」と泣いて、悔しさを堪えているように見えた。
『ボン(坊ちゃん)、辛いわなぁ』
遠ざかって行く小さな肩が、嗚咽の度に揺れていた。

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2009年4月13日 (月)

ビジネスマナー:紐付き名札の扱い

お昼時に、大阪 本町界隈を歩いていた。
オフィス街の通りに、人がドッと出てきた。
殆どの人が、首から紐を垂らし、名札をぶら下げていた。
紐は首に掛けたままでも、名札だけを胸ポケットに入れている人は、目にした会社員の中で一人だけ。
多くの人は、紐の先に揺れる名札をヒラヒラさせながら、社外を歩いていく。

「社員証や名札は、見せなあかんとこで使うもんやろ。見せんでもえぇとこやったら、外すか、せめて名札だけでもそっと隠す方が品よぉ見えるのに」
行き交う人の胸の辺りで、絶えず動く名札が気になる。

胸ポケットに名札を裏返して入れていた会社員は、“場を弁えている(わきまえている)”と、好感が持てた。
「“社外での休憩時間の名札の扱い”も考えてみたらどない? ちょっとした事で、人の株は上がりも下がりもすんのになぁ」と思う。

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2009年4月12日 (日)

お蔭さんで

何でもない会話が、ほっこりとした気分にさせてくれる。

近所の交差点で信号待ちをしていた。
すぐ横に、70代後半に見える女性が立った。
その直ぐ後で、後ろから「あれ、○○さん」と声がした。
隣りに立っていた女性は振り返り、「まぁ、ご機嫌さんで」とにこやかに答えた。
「どこ行かはんの?」と、二人ほぼ同時に尋ねて、互いにクスッと笑った。

後から来た女性も70代後半に思える。
その女性が、「あんたとこも、もぉ心配いらんなぁ。皆、あんじょお(上手く)いってなはんのやろ?」と尋ねると、先にいた女性は、「お蔭さんで」とゆっくりと返事をした。

先にいた女性も、その後に来た女性も、大阪に住むごくごく普通のおばちゃんだ。
間ぁといい、言葉といい、実に優しい雰囲気が傍にいても心地よい。
街中で出会う会話では、「声のボリューム考えて喋ってぇな」と嫌な思いをすることが多くなり、こんな心和む会話に出くわすことは珍しくなった。
『有難うございました』と、話を続ける二人には見えないすぐ横で、頷きか会釈か判らないような形で頭を下げた。

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2009年4月11日 (土)

見返りを求めへん女

ある時、そこそこに女遊びもしてきた後期高齢者枠の男性達とのお話だ。
夫々がお付き合いをしてきた女性は、見返りを求める人が多かったようで、その話で盛り上がった。

「ところで、お前は、どんな風に思てんのや?」と話を振られたので、
私:「好きな人が出来て、その人が、もしもスポーツ選手なら、うちと付き合うて記録がよぉなったら“嬉し”と思います」
A氏:「ほんで、えぇもん買うて貰うんやろ?」
B氏:「そら言うやろ。私がいてたさかいやとか言うてやな、まぁ、その、ご褒美頂戴みたいに」
私:「なーんにも言いません。うちの心の中で“良かった”と思うだけです」
C氏:「そんなことないわ。その時言わんでも、後から、バッグとか指輪とかと言うんとちがうか?」
私:「バッグも指輪も、欲しかったら、自分で買います」
A氏:「ほな、何を求めんねん」
私:「見返りは、はなから(=最初から)求めてのぉて……付き合うたその人が、どんな形でもよろしねん。例えば記録を伸ばすなり、商いでも新し展開を考えたり、学者なら研究に励むなり、今までよりもやる気になってくれたら、それがうちの喜びで、それでよろしねん」

50を過ぎて、「尽くすタイプのうちは、生き方上手やないなぁ」と、つくづく思う。
けれど、そう生きてきた事に後悔はないし、また「そんな生き方しか出来へんねん。しゃぁないわ」である。

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2009年4月 7日 (火)

深い話:可愛げのある人間になりや

小さな頃から可愛がってくれる滝川のおばちゃん(仮名)は、深い話をしてくれる。
80歳を過ぎて、入退院を繰り返しているので
「おばちゃん、体の具合、どない?」
この言葉が、おばちゃんとの会話スタートになってしまった。

この間、「成美ちゃん、あんたね、人の役に立つ人間になるには、可愛げのある人間やないとあかん」と話してくれた。
「そういう人は、色んな人に可愛がって貰えるのや。それがな、やがて人の役に立つ人間にしてくれる(=成長させてくれる)」
元気な頃に競べると、声はか細かったがズシンと胸に響いた。
「ええかい。人に優ししぃ(優しくしなさい)。忘れたらあかんで」

50歳を過ぎて「うん」と答えるのもおかしいが、おばちゃんの前ではいつまで経っても幼子同然だ。
「うん」と頷くのを確認してから、
「ほんで、優しさの他に、(自分を)売るもん持っとき」と、きっぱりと言った。
「これはちゅうもん、持っとくんやで」と念押しがあって、
「売るちゅうても、体やないで」と笑った。

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2009年4月 1日 (水)

人の世は住みにくいもんで

不況になって、尚更思う。

例えば、直面している問題にピントの外れた考えをし、そこに固執している人に出遭うと、
① 「何言うてんねん」と、ムカッとする。
② 「状況把握もしっかりできんとは、しゃぁないなぁ」と、諦める。
③ 「お宅さん、そのままでいかはったらよろしやん」と、知らん顔をする。

結局は、「うちは、ここの経営者でもなければ、株主でもないし、役員でもないねん」という思いで、腹の立つこと、溜息の出ることに、ムシャクシャしながらも終止符を打つ。

「ほんまに漱石せんせ(=先生)のおっしゃる通り」と、『草枕』の一文が口をついて出てきた。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
言えば少しは楽になるかと思ったが、そうでもなかった。

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